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  • 絶滅危惧種のナックルボーラー 歴代トップ10を公式サイトが特集

    2022.1.5 13:00 Wednesday

     スティーブン・ライトが故障やDV問題、禁止薬物使用などによりフェードアウトして以降、メジャーは純粋なナックルボーラーが不在となった。2019年のライアン・フィアベンド、2021年のミッキー・ジャニスのように短期間だけメジャーでプレーしたナックルボーラーはいるものの、それを除けばナックルという球種は今や敗戦処理で登板した野手が遊び半分で投げているだけである。そんな「絶滅危惧種」と言うべきナックルボーラーについて、メジャーリーグ公式サイトのデービッド・アドラー記者が歴代トップ10を紹介している。

     1位に選ばれたのは「最も有名なナックルボーラー」と言われるフィル・ニークロだ。主にブレーブスで活躍してメジャー24年間で通算5000イニング以上を投げ、318勝(歴代16位)274敗29セーブ、防御率3.35、3342奪三振(同11位)を記録。300勝&3000奪三振を達成した史上唯一のナックルボーラーであり、当然のようにアメリカ野球殿堂入りも果たしている。

     2位のホイト・ウィルヘルムも殿堂入りの名投手だ。第二次世界大戦の影響もあってメジャーデビューは1952年、29歳と非常に遅かったが、50歳になる直前までプレーを続け、通算143勝122敗228セーブ、防御率2.52、1610奪三振を記録。1位のニークロも48歳までプレーしており、選手寿命が長いのはナックルボーラーの特徴と言える。

     3位にはティム・ウェイクフィールドがランクインした。メジャー19年間のうち最初の2年間を除いてレッドソックス一筋で17年間プレーし、通算200勝180敗22セーブ、防御率4.41、2156奪三振を記録。プロ入り時は一塁手だったが、ニークロから学んでナックルに磨きをかけ、ナックルボーラーとして大成した。おそらく現在のメジャーファンに最も馴染みのあるナックルボーラーだろう。

     4位は45歳でマーリンズの球団創設第1戦に先発したことでも知られる通算216勝のチャーリー・ハフ、5位はナックルボーラー史上唯一のサイ・ヤング賞に輝いたR・A・ディッキー、6位は「ブラックソックス事件」で永久追放されたエディ・シコット、7位は珍しい左投げのナックルボーラーとして活躍したウィルバー・ウッド、8位は通算191勝のダッチ・レナード、9位はニークロ兄弟の弟で通算221勝を挙げたジョー・ニークロ、そして10位にはドジャース時代に野茂英雄とともに先発ローテーションを担ったトム・キャディオッティが名を連ねた。

  • 元Rソックス・コルシが60歳で死去 末期がん公表からわずか2日後

    2022.1.5 11:00 Wednesday

     日本時間1月5日、アスレチックス、レッドソックスなど5チームで合計10年間プレーしたジム・コルシが肝臓がんと大腸がんの闘病の末、60歳で死去したことが明らかになった。ボストンの「WBZチャンネル4」でコルシの特集が放映され、末期がんを公表してからわずか2日後の出来事。コルシは広い心の持ち主で、温厚な人柄で知られており、アスレチックスとレッドソックスで一緒にプレーしたデニス・エカーズリーなど、多くのチームメイトや関係者から愛される存在だった。

     マサチューセッツ州出身のコルシは1982年ドラフト25巡目でヤンキースから指名を受けてプロ入り。1988年に当時黄金期を迎えていたアスレチックスでメジャーデビューを果たし、翌1989年には22試合で防御率1.88の好成績を残した。1991年アストロズ、1992年アスレチックス、1993年マーリンズと移籍を繰り返したが、1995年から再びアスレチックスでプレー。1996年には56試合に登板して自己最多の6勝を挙げた。1997年からは地元球団のレッドソックスへ移り、1998年には自己最多の59試合に登板して防御率2.59をマーク。1999年途中にレッドソックスを解雇され、最後はオリオールズでプレーして引退した。

     コルシが「WBZチャンネル4」で放映された特集のなかで視聴者に伝えたメッセージの1つは、若い頃に大腸内視鏡検査を受けなかったのは間違いだった、というもの。「若い頃に(大腸内視鏡検査を受けないという)間違いを犯してしまった」と涙をこらえながら語ったコルシは「(検査を)受けておくべきだった。もしあなたがそこにいるなら、待つ必要はありません。愚かになってはいけません。僕はプロのアスリートだったから、無敵で強いと思っていた」と視聴者に訴えた。

     コルシの余命が短いことを知った家族は、コルシがバージンロードを歩けるように、当初2022年10月に予定されていた娘・ジュリアンの結婚式を昨年10月に開催。コルシの家族全員にとって感動的な式となったという。なお、メジャーで10年間プレーしたコルシの通算成績は、368試合(うち1先発)に登板して22勝24敗7セーブ、防御率3.25。ポストシーズンにはアスレチックス時代の1992年とレッドソックス時代の1998年、合計2度出場した。

  • ブルージェイズ 加藤豪将のマイナー契約&キャンプ招待を正式発表

    2022.1.5 10:00 Wednesday

     日本時間1月5日、ブルージェイズはパドレスからFAとなっていた加藤豪将とマイナー契約を結んだことを正式発表した。このマイナー契約にはメジャーのスプリング・トレーニングへの招待選手としての参加が含まれている。ブルージェイズは加藤のポジションを「ユーティリティ・プレーヤー」と発表。加藤は昨季、パドレス傘下AAA級エルパソで二塁43試合を筆頭に一塁41試合、左翼22試合、三塁2試合、右翼1試合と5つのポジション(ほかDH7試合)を守っており、ユーティリティ性を武器に初のメジャー昇格を目指す。

     現在27歳の加藤は2013年ドラフト2巡目(全体66位)でヤンキースから指名を受けてプロ入り。2018年にAA級、2019年途中にはAAA級へ昇格したが、メジャーには到達できず、2019年シーズン終了後にFAとなってマーリンズとマイナー契約を結んだ。しかし、マーリンズでもメジャー昇格を果たせず、2020年シーズン終了後に再びFAとなって今度はパドレスとマイナー契約。昨季はAAA級で114試合に出場して打率.306、8本塁打、42打点、8盗塁、OPS.862とまずまずの結果を残したが、またしてもメジャー昇格のチャンスは巡ってこなかった。

     加藤は日本時間12月23日の時点で「ご心配の声ありがとうございます。悩んだ末Blue Jaysにお世話になることを決めました。自分の特徴とチームのニーズが一致しているとのことで、メジャー初昇格をここで目指します。AAのロスターに入っており、心配をかけてしまってすみません。MLBのロックアウトが終わるまでは混乱が続くと思います。」(原文ママ)とツイートし、ブルージェイズ入りを決めたことを報告。このツイートの通り、加藤はブルージェイズ傘下AA級ニューハンプシャーに配属されている。

     ブルージェイズはブラディミール・ゲレーロJr.を筆頭に若手野手の台頭が著しいものの、昨季レギュラーを固定できなかった三塁とマーカス・セミエンが流出した二塁には不安を抱えている。ロックアウト後に大物内野手の獲得に動くとの予想もあるが、スプリング・トレーニングの結果次第では加藤にも開幕ロースター入りのチャンスはありそうだ。

  • 引退後に監督を務めた名選手たち メジャーリーグ公式サイトが特集

    2022.1.4 14:00 Tuesday

     かつては選手兼任監督が珍しくなく、タイ・カッブ、トリス・スピーカー、ナップ・ラジョイ、ジョージ・シスラーといった名選手たちがプレーイングマネジャーを務めた。しかし、現役引退後に監督を務めた名選手はそれほど多くなく、データサイト「ベースボール・リファレンス」が算出している総合指標WARで通算70以上をマークした名選手のうち、引退後に監督を務めたのはわずか15人だけ(1900年以降)。メジャーリーグ公式サイトのトーマス・ハリガン記者は特集記事のなかでこの15人を紹介している。

     引退後に監督を務めた名選手のうち、通算最多WARを記録しているのはウォルター・ジョンソン(164.8)だ。セネタース(現ツインズ)一筋21年のキャリアで通算417勝、3509奪三振、防御率2.17、メジャー史上最多の110完封をマーク。1927年限りで引退し、1929年から4シーズンにわたって古巣セネタースの監督を務め、1年目を除く3シーズンはいずれも92勝以上を記録したものの、リーグ優勝には手が届かなかった。1933年途中から1935年途中までインディアンス(現ガーディアンズ)の監督も務め、監督通算529勝432敗(勝率.550)を記録している。

     WARランキング2位以下にも豪華な名前が並ぶ。2位のロジャース・ホーンスビー(127.3)は5球団で選手兼任監督を務めたが、1937年限りで引退し、1952年にブラウンズ(現オリオールズ)、1952年途中から1953年途中までレッズで指揮を執った。3位のテッド・ウィリアムス(122.1)は1960年限りで引退し、1969~72年にレンジャーズ(1971年までセネタース)で監督を務めたが、勝ち越したのは1年目だけ。年々勝率がダウンし、1972年にはシーズン100敗を喫した。

     4位メル・オット(110.9)、5位フランク・ロビンソン(107.2)、6位クリスティ・マシューソン(106.5)とここまでの6人が通算100以上のWARを記録。5位のロビンソンは史上初の黒人監督として知られている。7位以下はエディ・マシューズ(96.1)、ピート・ローズ(79.6)、ルーク・アプリング(77.6)、ボビー・ウォーレス(76.2)、ポール・モリター(75.7)、ビル・ダーレン(75.2)、フランキー・フリッシュ(71.8)、アラン・トラメル(70.7)、テッド・ライオンズ(70.5)という顔ぶれ。なお、15人のうち、ローズとダーレン以外の13人はアメリカ野球殿堂入りを果たしている。

  • 労使交渉に進展なし 「次回交渉の予定なし」と米記者が伝える

    2022.1.4 11:00 Tuesday

     ロックアウト突入から1カ月以上が経過し、新年を迎えたメジャーリーグだが、労使交渉に目立った進展が見られない状況が続いている。「ジ・アスレチック」のエバン・ドレリッチ記者は先月、主要な経済問題について年明けまで交渉が行われない予定であることを伝えていたが、「USAトゥデイ」のボブ・ナイチンゲール記者が日本時間1月4日に伝えたところによると、現時点では次回交渉の予定すら決まっていないようだ。話し合うべき項目が非常に多い今回の労使交渉だが、シーズン開幕に影響が出ないように決着させることはできるのだろうか。

     ロックアウト突入後、メジャーリーグ機構とメジャーリーグ選手会の双方が早期の交渉再開を望んでいることを明言し、交渉のテーブルにつこうとしない相手側を批判していた。双方が交渉再開を望んでいるのであれば、すぐにでも労使交渉が再開されそうなものだが、交渉再開の気配はなし。12月に何度か交渉の場が設けられたものの、主要な問題に関する議論は先延ばしにされ、目立った進展は見られなかった。労使交渉に専念するためにスタートしたロックアウトだが、シーズン開幕に影響が出ることも懸念され始めている。

     メジャー球団同士のオープン戦は日本時間2月27日にスタートする。FA選手との契約やトレードに必要な期間を考慮し、ナイチンゲール記者はスプリング・トレーニングを滞りなくスタートするための「ソフトなデッドライン」として2月1日を挙げていたが、この日まで残り1カ月を切っている。日本時間4月1日のシーズン開幕を無事に迎えるためのデッドラインは3月1日と言われているが、残り2ヶ月弱で新たな労使協定の合意を迎えることはできるのだろうか。

     なお、日本時間1月4日には「ジ・アスレチック」などで活躍する敏腕記者ケン・ローゼンタールが「MLBネットワーク」との契約を更新されなかったことが明らかになった。2020年に執筆したコラムのなかでロブ・マンフレッド・コミッショナーを批判したことが直接の原因であると報じられている。ファンからの不信感は高まる一方だが、マンフレッド・コミッショナーが労使交渉でリーダーシップを発揮し、周囲から向けられる懐疑の目を一掃できるか注目したい。

  • 34歳・メイビンが現役引退を表明 メジャー15年のベテラン外野手

    2022.1.4 10:00 Tuesday

     日本時間1月4日、34歳のベテラン外野手キャメロン・メイビンが現役引退を表明した。タイガース時代の2007年8月に20歳でメジャーデビューしたメイビンは、メジャー15年目のシーズンとなった昨季、メッツで9試合に出場して28打数1安打(打率.036)に終わった。メジャー通算成績は1162試合に出場して973安打、打率.254、72本塁打、354打点、187盗塁、OPS.697。ポストシーズンには3度出場し、アストロズ時代の2017年にワールドシリーズ制覇を経験している。

     メイビンはツイッターに投稿した引退声明のなかで「野球というゲームと、ノースカロライナ州アシュビル出身の若者にチャンスを与えてくれたチームのおかげで今の私があります。タイガース、マーリンズ、パドレス、ブレーブス、エンゼルス、アストロズ、マリナーズ、ヤンキース、カブス、メッツ、コーチや代理人、メンターのみなさん、そして何よりファンのみなさんに心から感謝しています」とのコメントを発表。2005年ドラフト1巡目(全体10位)指名からスタートしたプロ野球選手としてのキャリアに幕を下ろした。

     2007年にメジャーデビューしたメイビンは、同年オフにミゲル・カブレラ、ドントレル・ウィリスというスター選手2名との大型トレードでアンドリュー・ミラーらとともにマーリンズへ移籍。2010年オフには2投手とのトレードでパドレスへ放出され、2011年に137試合で打率.264、9本塁打、40打点、40盗塁、OPS.716、WAR4.4という自己最高のシーズンを過ごした。

     メジャー15年間で規定打席に到達したシーズンは3度しかなかったものの、古巣タイガースに復帰した2016年に94試合で打率.315、ヤンキースへ移籍した2019年には82試合でOPS.858をマークするなど、名脇役として存在感を発揮。2015年以降は毎年のようにチームを変えながら、しぶとくメジャーに生き残り続けた。プロ入り時の大きな期待に応えたとは言い難いが、多くのチームから必要とされた好選手だった。

  • 各球団の「1990年代最高の選手」 公式サイトのレイッチ記者が選出

    2022.1.3 14:00 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのウィル・レイッチ記者は各球団の「1990年代最高の選手」を選出する特集記事を公開した。選出にあたり、レイッチ記者はデータサイト「ベースボール・リファレンス」が算出する総合指標WARを参考にしているものの、あくまでも参考に過ぎず、成績と同じくらい印象度も重視されている。なお、1980年代とは異なり、1993年加盟のマーリンズとロッキーズ、1998年加盟のレイズとダイヤモンドバックスも対象となり、全30球団から「1990年代最高の選手」が選出されている。

     レイッチ記者が選出した各球団の「1990年代最高の選手」は以下の通り。

    オリオールズ:カル・リプケンJr.三塁手
    ●MVPを受賞した1991年にWAR11.5を記録。過去50年間でこれを上回った野手はバリー・ボンズだけ。

    レッドソックス:ロジャー・クレメンス投手
    ●ア・リーグで3年連続最優秀防御率(1990~92年)はレフティ・グローブ(1929~32年=4年連続)以来の快挙。

    ヤンキース:バーニー・ウィリアムス中堅手
    ●1990年代にチーム1位の出場試合、打席、得点、安打、本塁打、四球、盗塁、WARを記録。

    レイズ:フレッド・マグリフ一塁手
    ●球団創設時の主砲。1990年代の10年間で合計300本塁打を記録。

    ブルージェイズ:ジョン・オルルド一塁手
    ●同一シーズン(1993年)に打率.360、出塁率.470、50二塁打を達成したのはメジャー66年ぶりの快挙。

    ホワイトソックス:フランク・トーマス一塁手
    ●メジャー最初の10年間(1990~99年)で300本塁打、OPS1.000をクリアしたのはメジャー史上4人だけ。

    ガーディアンズ:ケニー・ロフトン中堅手
    ●1992年から5年連続盗塁王。この間、シーズン平均65盗塁を記録。

    タイガース:セシル・フィルダー一塁手
    ●1990年に51本塁打。シーズン50本塁打は球団史上2人だけ(1938年のハンク・グリーンバーグが58本塁打)。

    ロイヤルズ:ケビン・エイピアー投手
    ●1990年からの8年間で「ERA+」の球団史上トップ14のうち5つを記録(1993年はリーグ1位)。

    ツインズ:チャック・ノブロック二塁手
    ●1996年にWAR8.7を記録。球団史上、野手でこれを上回るのは1977年のロッド・カルー(9.7)だけ。

    アストロズ:ジェフ・バグウェル一塁手
    ●1994~99年の6年間でシーズン平均111四球、113得点、116打点、「OPS+」170を記録。

    エンゼルス:ティム・サーモン右翼手
    ●オールスター開始の1933年以降、通算WAR40.6は球宴選出0回の野手では史上2位の数字。

    アスレチックス:リッキー・ヘンダーソン左翼手
    ●1990年にMVP受賞。タイ・カッブ以降、シーズン60盗塁かつOPS1.000以上は1976年のジョー・モーガンと2人だけ。

    マリナーズ:ケン・グリフィーJr.中堅手
    ●10年連続ゴールドグラブ賞。1990年代の382本塁打と1091打点はメジャー2位の数字。

    レンジャーズ:イバン・ロドリゲス捕手
    ●1996~99年の4年間で合計342度の盗塁企図に対して盗塁阻止率55%を記録。

    ブレーブス:グレッグ・マダックス投手
    ●1994年から2年連続で200イニング以上かつ「ERA+」260以上。複数回の達成は史上唯一。

    マーリンズ:ゲーリー・シェフィールド右翼手
    ●在籍6年間で記録した「OPS+」156は球団史上ダントツの数字。

    メッツ:エドガルド・アルファンゾ二塁手
    ●WAR4.0以上を記録した球団史上唯一の二塁手。1997年と1999年はともにWAR6.0以上。

    フィリーズ:カート・シリング投手
    ●1990年代にシーズン300奪三振を達成した3人のうちの1人(1997年から2年連続で達成)。

    ナショナルズ:ラリー・ウォーカー右翼手
    ●1990~94年の5年間しか在籍していないが、WAR21.3は1990年代の野手でチームトップの数字。

    カブス:サミー・ソーサ右翼手
    ●1990年代に300本塁打以上を記録した9人のうちの1人(332本塁打)。

    レッズ:バリー・ラーキン遊撃手
    ●1995年にMVP受賞。翌1996年はキャリアハイのWAR7.2と33本塁打を記録。

    ブリュワーズ:ジェフ・シリーロ三塁手
    ●130試合以上に出場した4シーズンのうち3シーズンで打率.321以上を記録。

    パイレーツ:ジェイ・ベル遊撃手
    ●オールスター選出の1993年にシルバースラッガー賞とゴールドグラブ賞をダブル受賞。

    カージナルス:レイ・ランクフォード中堅手
    ●1990年代に記録したWAR36.1は野手でチームトップの数字。

    ダイヤモンドバックス:ジェイ・ベル遊撃手/二塁手
    ●球団創設2年目で地区優勝した1999年にチーム最多の38本塁打を記録。

    ロッキーズ:ラリー・ウォーカー右翼手
    ●1997年にメジャー1位の409塁打を記録。1990年代ではメジャー2位の好成績。

    ドジャース:マイク・ピアッツァ捕手
    ●1992年デビューにもかかわらず、1990年代に放った240本塁打は2位に78本差で捕手ダントツの数字。

    パドレス:トニー・グウィン右翼手
    ●1990年代の打率.344はメジャー1位の数字(3000打席以上)。

    ジャイアンツ:バリー・ボンズ左翼手
    ●1990年代に記録したWAR80.2は野手メジャー1位の数字。

  • 各球団の「1980年代最高の選手」 公式サイトのレイッチ記者が選出

    2022.1.3 12:00 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのウィル・レイッチ記者は各球団の「1980年代最高の選手」を選出する特集記事を公開した。選出にあたり、レイッチ記者はデータサイト「ベースボール・リファレンス」が算出する総合指標WARを参考にしているものの、あくまでも参考に過ぎず、成績と同じくらい印象度も重視されている。なお、マーリンズとロッキーズは1993年加盟、レイズとダイヤモンドバックスは1998年加盟のため、「1980年代最高の選手」は選出されていない。

     レイッチ記者が選出した各球団の「1980年代最高の選手」は以下の通り。

    オリオールズ:カル・リプケンJr.遊撃手
    ●1982年6月5日以降、1980年代が終了するまで1試合も欠場しなかった。

    レッドソックス:ウェイド・ボッグス三塁手
    ●1980年代の出塁率.443は2位に40ポイント差をつけるダントツの数字(2500打席以上)。

    ヤンキース:ドン・マティングリー一塁手
    ●1985年にMVPを受賞。翌1986年はMVP投票2位にランクイン。

    レイズ:選出なし

    ブルージェイズ:デーブ・スティーブ投手
    ●1980年代に1500イニング以上を投げた47人中「ERA+」126はベストの数字。

    ホワイトソックス:ハロルド・ベインズ右翼手/指名打者
    ●1980年代のすべてのシーズンで125安打以上を放った6人のうちの1人。

    ガーディアンズ:フリオ・フランコ遊撃手/二塁手
    ●1983年の新人王投票でロン・キトルに次ぐ2位にランクイン。

    タイガース:アラン・トラメル遊撃手
    ●1980年代のWAR52.9は遊撃手のなかでベストの数字。

    ロイヤルズ:ジョージ・ブレット三塁手/一塁手
    ●1980年代の長打率.521は3000打席以上の打者のなかで2位タイの数字。

    ツインズ:カービー・パケット中堅手
    ●1980年代の最後の5年間で放った1078安打はメジャートップ。

    アストロズ:ノーラン・ライアン投手
    ●40歳の1987年から3年連続で最多奪三振のタイトルを獲得(43歳の1990年にも獲得)。

    エンゼルス:ボビー・グリッチ二塁手
    ●1986年限りで現役引退。通算WAR71.1は二塁手史上7位の好成績。

    アスレチックス:リッキー・ヘンダーソン左翼手
    ●1980年代に記録した838盗塁だけでもメジャー史上4位にランクインする。

    マリナーズ:マーク・ラングストン投手
    ●1984年、1986年、1987年と最多奪三振のタイトルを3度獲得。

    レンジャーズ:チャーリー・ハフ投手
    ●現時点でメジャー史上最後となるシーズン40先発(1987年)を記録。

    ブレーブス:デール・マーフィー外野手
    ●1982年から4年連続で全試合に出場し、1982年から2年連続でMVP受賞。

    マーリンズ:選出なし

    メッツ:ドワイト・グッデン投手
    ●1984~85年に41勝13敗、防御率2.00を記録し、1984年は新人王、翌1985年はサイ・ヤング賞。

    フィリーズ:マイク・シュミット三塁手
    ●1980年代の313本塁打とシーズン30本塁打8度はいずれもメジャートップ。

    ナショナルズ:ティム・レインズ左翼手
    ●1981~86年に6年連続でシーズン70盗塁以上を記録。

    カブス:ライン・サンドバーグ二塁手
    ●1980年代の139本塁打とWAR37.7はいずれも二塁手2位の好成績。

    レッズ:マリオ・ソト投手
    ●全盛期の1982~84年に平均256イニングを投げ、3年間で合計44完投を記録。

    ブリュワーズ:ロビン・ヨーント遊撃手/中堅手
    ●1980年代に記録した1731安打と337二塁打はいずれもメジャートップ。

    パイレーツ:バリー・ボンズ左翼手
    ●21歳のシーズンから4年連続(1986~89年)で15本塁打&15盗塁を記録したのはメジャー史上5人だけ。

    カージナルス:オジー・スミス遊撃手
    ●1980年代に記録した守備WAR29.7はダントツの数字(2位トラメルは17.3)。

    ダイヤモンドバックス:選出なし

    ロッキーズ:選出なし

    ドジャース:フェルナンド・バレンズエラ投手
    ●デビューからの7先発で63イニングを投げ、7勝0敗、防御率0.29、5完封を記録(1981年)。

    パドレス:トニー・グウィン右翼手
    ●最初のフルシーズン6年すべて(1984~89年)で打率.313以上を記録し、首位打者4度。

    ジャイアンツ:ウィル・クラーク一塁手
    ●1989年のリーグ優勝決定シリーズで打率.650、OPS1.882を記録してMVP受賞。

  • 生年別の合計WAR 多数の殿堂入り候補を擁する1983年がダントツ

    2022.1.3 11:00 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのサラ・ラングス記者は、データサイト「ベースボール・リファレンス」が算出している総合指標WARをもとに、生年別の合計WARランキングを紹介する特集記事を公開した。1975年以降のすべての年が対象となり、1983年が合計1369.3でトップに。ザック・グレインキー、ジャスティン・バーランダー、ミゲル・カブレラなど多くの殿堂入り候補を擁し、バリー・ボンズを筆頭に合計1238.5を記録した2位の1964年に130以上の大差をつけた。

     1983年生まれのトップ5はグレインキー(73.1)、バーランダー(71.8)、カブレラ(68.7)、ジョーイ・ボットー(64.6)、コール・ハメルズ(59.3)という顔ぶれ。いずれも現役選手であり、1983年生まれの合計WARは今後さらに伸びる可能性がある。他にはジョー・マウアー(55.2)、ダスティン・ペドロイア(51.9)、ライアン・ブラウン(47.1)らも1983年生まれ。グレインキー、バーランダー、カブレラの3人は将来の殿堂入りが確実視されており、ボットーとマウアーにも十分にチャンスがある。合計WARランキング1位に相応しく、多数の殿堂入り選手を輩出することになりそうだ。

     2位の1964年はボンズ(162.7)が圧倒的な数字を残している。通算WARはベーブ・ルース(183.1)、ウォルター・ジョンソン(164.8)、サイ・ヤング(163.6)に次ぐメジャー史上4位の大記録。1964年生まれの殿堂入り選手はバリー・ラーキン(70.5)だけだが、ラファエル・パルメイロ(71.9)、ブレット・セイバーヘイゲン(58.9)、ウィル・クラーク(56.5)、ドワイト・グッデン(52.9)、エリス・バークス(49.8)など一時代を築いた好選手がズラリと並んでいる。

     3位の1968年は合計1221.3を記録。マイク・ムシーナ(82.8)、ジェフ・バグウェル(79.9)、フランク・トーマス(73.8)、ロベルト・アロマー(67.0)、マイク・ピアッツァ(59.5)と5人の殿堂入り選手を輩出した。他にはゲーリー・シェフィールド(60.5)、サミー・ソーサ(58.6)、ジョン・オルルド(58.2)、ジェフ・ケント(55.5)、バーニー・ウィリアムス(49.6)らも1968年生まれ。1990年代~2000年代のメジャーリーグ・ファンにとってはたまらない顔ぶれだ。

     なお、4位以下の合計WARと最高WARの選手は以下の通り。

    4位 1967年(1170.7)ジョン・スモルツ(69.0)
    5位 1960年(1150.1)カル・リプケンJr.(95.9)
    6位 1975年(1086.3)アレックス・ロドリゲス(117.5)
    7位 1962年(1083.2)ロジャー・クレメンス(139.2)
    8位 1966年(1057.9)グレッグ・マダックス(106.6)
    9位 1963年(1042.5)ランディ・ジョンソン(101.1)
    10位 1949年(1034.8)マイク・シュミット(106.9)
    11位 1984年(1020.9)マックス・シャーザー(67.1)
    12位 1944年(1006.3)トム・シーバー(109.9)
    13位 1887年(1005.5)ウォルター・ジョンソン(164.8)
    14位 1987年(999.3)ポール・ゴールドシュミット(50.7)
    15位 1977年(989.6)カルロス・ベルトラン(70.1)
    16位 1956年(954.0)ポール・モリター(75.7)
    17位 1965年(945.2)ケビン・ブラウン(67.8)
    18位 1947年(939.0)ノーラン・ライアン(81.3)
    19位 1974年(927.2)デレク・ジーター(71.3)
    20位 1972年(915.9)チッパー・ジョーンズ(85.3)

  • 現役引退のシーガー デビュー日以降の1480試合出場はメジャー3位

    2021.12.30 12:00 Thursday

     日本時間12月30日、マリナーズ一筋で11年間プレーしたカイル・シーガーが現役引退を表明した。今回の決断にロックアウトは関係なく、スプリング・トレーニングのころから現役引退について考えていたという。非常に故障の少ない選手で、2011年7月7日のメジャーデビュー以降、故障者リスト入りしたのは2019年に左手の手術で5月下旬まで出遅れたときだけ。デビュー日以降の1480試合出場は、カルロス・サンタナ(1526試合)とエリック・ホズマー(1500試合)に次ぐメジャー3位の数字である。

     マリナーズ一筋で11年間プレーしたシーガーは、マリナーズの通算成績ランキングでも多くの部門で上位にランクインしている。1480試合出場はエドガー・マルティネス(2055試合)、イチロー(1861試合)、ケン・グリフィーJr.(1685試合)に次ぐ球団史上4位、データサイト「ベースボール・リファレンス」が算出する総合指標WARでは通算36.9を記録しているが、これは野手ではグリフィーJr.(70.6)、マルティネス(68.4)、イチロー(56.4)、アレックス・ロドリゲス(38.1)に次ぐ球団史上5位となっている。

     このほか、シーガーがトップ5にランクインしている主な部門は以下の通り。なお、現役ラストイヤーの35本塁打はデーブ・キングマンと並んでメジャー史上2位タイの数字である(1位は38本塁打のデービッド・オルティス)。マリナーズのファンに愛されたシーガーは、記録にも記憶にも残る好選手だった。

    ◆打席
    1 エドガー・マルティネス 8674
    2 イチロー 8536
    3 ケン・グリフィーJr. 7250
    4 カイル・シーガー 6204
    5 ジェイ・ビューナー 5828

    ◆打数
    1 イチロー 7907
    2 エドガー・マルティネス 7213
    3 ケン・グリフィーJr. 6317
    4 カイル・シーガー 5561
    5 ジェイ・ビューナー 4922

    ◆得点
    1 エドガー・マルティネス 1219
    2 イチロー 1181
    3 ケン・グリフィーJr. 1113
    4 ジェイ・ビューナー 789
    5 カイル・シーガー 705

    ◆安打
    1 イチロー 2542
    2 エドガー・マルティネス 2247
    3 ケン・グリフィーJr. 1843
    4 カイル・シーガー 1395
    5 ジェイ・ビューナー 1255

    ◆塁打
    1 エドガー・マルティネス 3718
    2 ケン・グリフィーJr. 3495
    3 イチロー 3292
    4 カイル・シーガー 2458
    5 ジェイ・ビューナー 2445

    ◆二塁打
    1 エドガー・マルティネス 514
    2 ケン・グリフィーJr. 341
    3 カイル・シーガー 309
    4 イチロー 295
    5 ジェイ・ビューナー 231

    ◆本塁打
    1 ケン・グリフィーJr. 417
    2 エドガー・マルティネス 309
    3 ジェイ・ビューナー 307
    4 カイル・シーガー 242
    5 アレックス・ロドリゲス 189

    ◆打点
    1 エドガー・マルティネス 1261
    2 ケン・グリフィーJr. 1216
    3 ジェイ・ビューナー 951
    4 カイル・シーガー 807
    5 アルビン・デービス 667

    ◆四球
    1 エドガー・マルティネス 1283
    2 ケン・グリフィーJr. 819
    3 ジェイ・ビューナー 788
    4 アルビン・デービス 672
    5 カイル・シーガー 533

    ◆三振
    1 ジェイ・ビューナー 1375
    2 エドガー・マルティネス 1202
    3 カイル・シーガー 1120
    4 ケン・グリフィーJr. 1081
    5 イチロー 800

  • シーガー引退 「今季最終戦で野球とお別れすることはわかっていた」

    2021.12.30 11:00 Thursday

     10月3日(現地時間)、ポストシーズン進出の可能性を残していたマリナーズは超満員の本拠地T-モバイル・パークでエンゼルスとの今季最終戦を戦った。試合は序盤から劣勢となり、「4番・三塁」でスタメン出場していたカイル・シーガーは9回表途中に交代。大歓声を浴びながらベンチに退いた。このとき、シーガーがメジャーリーガーとしてプレーする姿を二度と見ることができないと気付いていた者はほとんどいなかったに違いない。しかし、シーガー自身は現役ラストゲームになることを承知のうえで今季最終戦に臨んでいた。

     今季限りでの現役引退を表明したシーガーは、地元紙「シアトル・タイムズ」のライアン・ディビッシュ記者の取材に対して「あのとき(=今季最終戦)は自分が野球とお別れすることはわかっていた。もしポストシーズンに進めなかったら、野球をする最後の機会になるとわかっていたんだ。最後の打席、最後の守備機会、最後のイニング。そういう思いが頭のなかにあった」とコメント。「あの日は本当にいろんな感情が渦巻いていた。家族が試合前の始球式に出てきてくれたことは魔法のようだった。あの日はとても早い段階で感情的になってしまったよ」と現役生活最後の日を振り返った。

     また、「(2001年を最後にポストシーズンに進めていないという)この状況を打破し、ファンが長いあいだ見ることのできなかったものを手に入れるために、どうしても勝ちたかった」とファンへの想いも語った。引退という考えが最初に頭をよぎったのは今季開幕前だったという。球団オプションが行使される可能性が低いことを理解し、プロ野球選手生活のすべてを過ごしてきたマリナーズでプレーする最後のシーズンになることもわかっていた。「スプリング・トレーニングのころから考えていた。(引退は)簡単な決断だったよ。野球と同じくらい家族のことが大好きだからね」とシーガーは言う。

     複数の球団からオファーを受けたシーガーだが、家族のもとに戻るという意思は変わらなかった。「シーズンが終わる前に僕の心は決まっていた。ロックアウトや様々な不確実性は球界にとっていいことではないけれど、それは僕の決断には関係ない。もっと前に引退を決めていた」とロックアウトが引退の決断に影響したことは明確に否定した。家族のために34歳の若さでユニフォームを脱ぐことを決めたシーガー。マリナーズ一筋11年のメジャー生活でシーズン20本塁打以上を9度マークしたが、これはケン・グリフィーJr.と並ぶ球団タイ記録となっている。

  • カイル・シーガーが現役引退を表明 今季自己最多35本塁打101打点

    2021.12.30 04:00 Thursday

     日本時間12月30日、マリナーズからFAとなっていたカイル・シーガーが現役引退を表明した。妻のジュリーがツイッターで明らかにした。現在34歳のシーガーは2009年ドラフト3巡目指名でマリナーズに入団し、2011年7月にメジャーデビュー。11年間のメジャー生活をマリナーズ一筋で過ごし、通算1395安打、242本塁打、807打点を記録。オールスター・ゲーム選出1度、ゴールドグラブ賞1度以外に目立った主要タイトルやアウォードの受賞歴はないが、チームを支えた生え抜き選手としてファンに愛される存在だった。

     シーガーは2014年12月に結んだ7年契約のラストイヤーとなった今季、159試合に出場して打率.212、35本塁打、101打点、OPS.723を記録。打率は自己ワーストの数字であり、率系のスタッツは伸びなかったが、本塁打と打点の両部門でキャリアハイを更新し、シーズン最終戦までポストシーズン進出の可能性を残したチームの戦いに貢献した。2022年の球団オプションが破棄されることが確実視されていたため、シーズン最終戦では地元シアトルの大観衆から大歓声を浴び、涙を流すシーンもあった。

     今オフはドジャースでプレーしていた弟のコリーとともにFAとなり、去就が注目されたが、コリーがレンジャーズと10年3億2500万ドルの超大型契約を結んだ一方で、兄のカイルは現役引退を決断することに。労使交渉のもつれによるロックアウトで移籍市場の動きがストップしてしまったことが影響したとみられるが、マリナーズ一筋のフランチャイズ・プレーヤーとしてキャリアを終えたいとの思いもあったのかもしれない。

     シーガーは妻のジュリーのツイッターを通して「本日、私はメジャーリーグからの引退を発表します。家族、友人、そしてファンの皆様、私のキャリアにずっとついてきてくれてありがとうございました。素晴らしい旅でしたが、人生の次のチャプターにも信じられないくらいワクワクしています」とのコメントを発表。通算出場試合、安打、本塁打、打点の各部門で球団史上4位の成績を残しており、間違いなくマリナーズの球団史に残る好選手だった。

  • 各球団の史上最高額の契約 1億ドル未満はアスレチックスなど5球団

    2021.12.29 13:00 Wednesday

     日本時間12月28日、移籍情報サイト「MLBトレード・ルーマーズ」では各球団の史上最高額の契約を特集する記事を公開した。今オフはワンダー・フランコと11年1億8200万ドルで契約延長したレイズと、コリー・シーガーと10年3億2500万ドルで契約したレンジャーズが球団史上最高額を更新。その一方で、総額1億ドル以上の契約を結んだことがない球団も5球団あり、パイレーツに至っては2000年11月にジェイソン・ケンドールと6年6000万ドルで契約したあと、20年以上にわたって最高額が更新されていない。

     2021年に入ってから球団史上最高額が更新されたのは、前出のレイズとレンジャーズを含む6球団。1月にブルージェイズがジョージ・スプリンガーと6年1億5000万ドル、2月にパドレスがフェルナンド・タティスJr.と14年3億4000万ドル、3月にロイヤルズがサルバドール・ペレスと4年8200万ドル、そしてシーズン開幕直前にはメッツがフランシスコ・リンドーアと10年3億4100万ドルの大型契約を結んだ。

     総額9ケタ(=1億ドル以上)の契約が当たり前になっている現代のメジャーリーグだが、30球団のうち5球団は総額1億ドル以上の契約を1度も結んでいない。前出のパイレーツとロイヤルズに加え、アスレチックスはエリック・シャベスの6年6600万ドル、ガーディアンズはエドウィン・エンカーナシオンの3年6000万ドル、ホワイトソックスはヤスマニ・グランダルの4年7300万ドルが球団史上最高額の契約となっている。

     各球団の史上最高額の契約は以下の通り。

    オリオールズ
    クリス・デービス 7年1億6100万ドル(2016年1月)

    レッドソックス
    デービッド・プライス 7年2億1700万ドル(2015年12月)

    ヤンキース
    ゲリット・コール 9年3億2400万ドル(2019年12月)

    レイズ
    ワンダー・フランコ 11年1億8200万ドル(2021年11月)

    ブルージェイズ
    ジョージ・スプリンガー 6年1億5000万ドル(2021年1月)

    ホワイトソックス
    ヤスマニ・グランダル 4年7300万ドル(2019年11月)

    ガーディアンズ
    エドウィン・エンカーナシオン 3年6000万ドル(2017年1月)

    タイガース
    ミゲル・カブレラ 8年2億4800万ドル(2014年3月)

    ロイヤルズ
    サルバドール・ペレス 4年8200万ドル(2021年3月)

    ツインズ
    ジョー・マウアー 8年1億8400万ドル(2010年3月)

    アストロズ
    ホゼ・アルトゥーベ 5年1億5100万ドル(2018年3月)

    エンゼルス
    マイク・トラウト 10年3億6000万ドル(2019年3月)

    アスレチックス
    エリック・シャベス 6年6600万ドル(2004年3月)

    マリナーズ
    ロビンソン・カノー 10年2億4000万ドル(2013年12月)

    レンジャーズ
    コリー・シーガー 10年3億2500万ドル(2021年12月)

    ブレーブス
    フレディ・フリーマン 8年1億3500万ドル(2014年2月)

    マーリンズ
    ジャンカルロ・スタントン 13年3億2500万ドル(2014年11月)

    メッツ
    フランシスコ・リンドーア 10年3億4100万ドル(2021年3月)

    フィリーズ
    ブライス・ハーパー 13年3億3000万ドル(2019年2月)

    ナショナルズ
    スティーブン・ストラスバーグ 7年2億4500万ドル(2019年12月)

    カブス
    ジェイソン・ヘイワード 8年1億8400万ドル(2015年12月)

    レッズ
    ジョーイ・ボットー 10年2億2500万ドル(2012年4月)

    ブリュワーズ
    クリスチャン・イェリッチ 7年1億8850万ドル(2020年3月)

    パイレーツ
    ジェイソン・ケンドール 6年6000万ドル(2000年11月)

    カージナルス
    ポール・ゴールドシュミット 5年1億3000万ドル(2019年3月)

    ダイヤモンドバックス
    ザック・グレインキー 6年2億650万ドル(2015年12月)

    ロッキーズ
    ノーラン・アレナード 7年2億3400万ドル(2019年2月)

    ドジャース
    ムーキー・ベッツ 12年3億6500万ドル(2020年7月)

    パドレス
    フェルナンド・タティスJr. 14年3億4000万ドル(2021年2月)

    ジャイアンツ
    バスター・ポージー 8年1億5900万ドル(2013年3月)

  • オルティス ツインズ解雇からボストンの英雄、殿堂入り有力候補へ

    2021.12.29 10:00 Wednesday

     メジャーリーグ公式サイトのニック・アギレラ記者は「最も可能性が低かった2022年の殿堂入り候補者」と題し、低評価を覆して殿堂入り候補の名選手へと上りつめた7人の選手を紹介する特集記事を公開した。そのなかで1位に選ばれたのは、今回の殿堂入り投票において有力候補の1人に挙げられているデービッド・オルティス。トレードの後日指名選手としてマリナーズから放出され、コストカットのためにツインズから解雇されたあと、レッドソックスでブレイクを遂げ、ボストンの英雄、チームの象徴とみなされるようになった。

     ドミニカ共和国出身のオルティスは、1992年11月にマリナーズと契約。1996年にはA級ウィスコンシンで打率.322、18本塁打、93打点、OPS.901をマークする活躍を見せたが、マリナーズは同年8月にツインズの正三塁手だったデーブ・ホリンズをトレードで獲得し、オルティスは翌月に後日指名選手としてツインズへ放出された。

     ツインズ移籍後もマイナーでは打率3割、30本塁打、100打点を超える好成績をマーク。メジャーでもチームの主砲としての活躍が期待されたが、1997年9月のデビュー後、故障の影響もあって成績は伸び悩み、なかなか完全開花には至らなかった。2000年に自身初の2ケタ本塁打(10本)、2001年に18本塁打、2002年に20本塁打と徐々に数字を伸ばしていたものの、当時のツインズは球団削減候補に挙がるほど財政難に苦しんでおり、2002年の95万ドルから2003年は200万ドル前後に昇給することが予想されていたオルティスとの契約更新を拒否。2002年12月に解雇され、FAとなった。

     オルティスはその後、レッドソックスに拾われ、ボストンの英雄への道を歩んでいくことになるわけだが、レッドソックスのフロントオフィスにオルティス獲得を進言したのは、オルティスと同じドミニカ共和国出身のペドロ・マルティネスだったと言われている。当時のセオ・エプスタイン新GMは、正一塁手候補の1人としてオルティスと契約。しかし、メジャー契約は保証されず、「メジャーのロースター入りを果たせば年俸125万ドル」という契約だった。ここから2003年の開幕ロースター入りを果たし、スーパースターへと成長。おそらくツインズ解雇の時点で将来、殿堂入り候補になることを予想できた人は1人もいなかっただろう。アギレラ記者が1位に選んだのも納得だ。

     ちなみに、2位はマーク・バーリー(ドラフト38巡目指名)、3位はボビー・アブレイユ(拡張ドラフトでプロテクト外)、4位はジョー・ネイサン(遊撃手としてプロ入り)、5位はアンディ・ペティット(ドラフト22巡目指名)、6位はジェフ・ケント(28歳まで平凡な内野手)、7位はアンドリュー・ジョーンズ(キュラソーが生んだ初めてのスター選手)が選ばれている。

  • メッツ ゾーズマーが分析ディレクターからGM補佐に昇進との報道

    2021.12.29 09:00 Wednesday

     メジャーリーグ公式サイトが関係者から得た情報によると、メッツは分析ディレクターのベン・ゾーズマーをGM補佐に昇進させることを決めたようだ。ハーバード大学出身のゾーズマーは、ドジャースに6年間在籍して2020年シーズンのワールドシリーズ制覇に貢献。今季から分析ディレクターとしてメッツのフロントオフィスに加入した。メッツでは現在、サンディ・アルダーソン球団社長とビリー・エプラーGMのもとでブリン・アルダーソンとイアン・レバインがGM補佐を務めており、ゾーズマーは3人目のGM補佐ということになる。

     ゾーズマーが加入した時点で、メッツのフロントオフィスにはデータ科学に通じたアナリストが1人しかいなかった。しかし、ゾーズマーとともにデータ分析部門の拡張を進め、メジャーリーグ公式サイトでメッツを担当するアンソニー・ディコーモ記者によると、現在は合計25人以上のアナリスト、エンジニア、コーディネーターを抱えているという。メッツに加入してまだ1年足らずのゾーズマーだが、チームへの貢献が高く評価され、GM補佐への昇進が決定したとみられる。

     幼稚園のときに『マネーボール』を読んだというゾーズマーは、有名なアナリストであるビル・ジェームス、ネイト・シルバー、トム・タンゴらに影響を受けてきたことを認めている。趣味は統計データを用いてアカデミー賞の選考結果を予想すること。ブラッド・ピットが主演した『マネーボール』がノミネートされた第84回(2011年)のアカデミー賞では、野球関連の作品を贔屓することなく『アーティスト』が選ばれるという予想を見事に的中させた。

     昨オフはフランシスコ・リンドーア、今オフはマックス・シャーザーを獲得するなど、大富豪のスティーブ・コーエン・オーナーのもとで積極的な補強を進めているメッツだが、フロントオフィスでもゾーズマーを中心に現代のベースボールに適応するための改革が進められている。これらが上手く噛み合ったとき、メッツは他球団にとって大きな脅威となるに違いない。

  • サイ・ヤング賞“実質3度”の名投手・サンタナは殿堂入りできるのか

    2021.12.28 13:00 Tuesday

     今オフ、ツインズから2人の殿堂入り選手が誕生した。トニー・オリーバとジム・カートだ。両者とも記者投票では有資格期間の15年(現在は10年)を完走した末に落選となったものの、時代委員会で復活当選。この2人と同様に、時代委員会での選出が期待されているのがサイ・ヤング賞2度の左腕ヨハン・サンタナだ。全盛期にはメジャー最高の投手として君臨したサンタナだが、故障により短命に終わり、通算成績は139勝78敗、防御率3.20、1988奪三振。殿堂入り投票では得票率2.4%に終わり、有資格初年度で姿を消した。

     サンタナはツインズの先輩2人の殿堂入りを「彼らの殿堂入りをとても嬉しく思う。とても長い年月を経て、生きているあいだに殿堂入りの機会を得た。彼らはそれに値する人物だ」と祝福。自身の将来的な殿堂入りについては「僕はツインズで白星を重ねた。僕が知っていることはそれだけだ。僕はそれを誇りに思っているし、殿堂入りの機会があれば素晴らしいと思う。もし殿堂入りできなかったとしても、それは僕にどうこうできることではない」と語った。

     サンタナのキャリアは25年間のメジャー生活で通算283勝を積み上げたカートとは対照的だ。故障により通算2025回2/3しか投げられず、200勝や2000奪三振といったマイルストーンには届いていない。メジャー最終登板はメッツ時代の2012年8月17日、まだ33歳のときだった。しかし、2004年から5年連続でサイ・ヤング賞投票のトップ5にランクインし、2004年と2006年に同賞を受賞。2006年には投手三冠も達成した。

     2度のサイ・ヤング賞に挟まれた2005年シーズンは「サンタナがサイ・ヤング賞を受賞すべきだった」との声が非常に多い。サンタナは1位票を3つしか獲得できず、バートロ・コローンとマリアーノ・リベラに次ぐ3位に終わったが、勝利数(サンタナ16、コローン21)以外の部門ではサンタナが受賞者のコローンを上回っていたからだ(防御率2.87対3.48、奪三振238対157、WAR7.2対4.0)。

     もしサンタナが2005年も受賞していたら、サンタナは史上10人しかいない「サイ・ヤング賞3度以上」の仲間入りを果たしていた。この10人のうち、現役のクレイトン・カーショウとマックス・シャーザーを除くと、殿堂入りしていないのはステロイド問題に揺れるロジャー・クレメンスだけ。「サイ・ヤング賞3度」という実績があれば、殿堂入り投票の初年度で姿を消すこともなかったかもしれない。サンタナが今後の時代委員会で選出されるかどうかは「実質3度のサイ・ヤング賞」という実績がどう評価されるか次第だろう。

     サンタナ自身は「2005年についてよく聞かれるけど、サイ・ヤング賞に値するかどうかと、サイ・ヤング賞を受賞したかどうかは別問題だ。僕は2位にすら入れなかった。僕は3位だったんだから、2位の人に聞くべきじゃないかな」と意に介していない様子。とはいえ、もし3度受賞できていたら、と考えずにはいられない。

  • 選手会が労使交渉の機構側の姿勢を批判 タンキングのない競争を希望

    2021.12.28 11:00 Tuesday

     ロックアウトが始まって約1カ月が経過しようとしているなか、ザック・ブリットン(ヤンキース)、マーカス・セミエン(レンジャーズ)、ルーカス・ジオリト(ホワイトソックス)の3選手がロックアウトについて語り、労使交渉におけるメジャーリーグ機構側(=オーナー側)の姿勢を批判した。ロックアウトにより、現在はトレードやFA契約など、基本的にメジャーリーグのすべての活動がストップ。本格的な交渉は年明けまで始まらない見込みとなっており、2022年シーズンへの影響が懸念される。

     ロックアウトに突入した際、ロブ・マンフレッド・コミッショナーは「我々はできるだけ早く交渉のテーブルに戻りたいと考えているが、相手側から(交渉を進めたいという)プレッシャーを感じない」とコメント。しかし、ブリットンは「我々はいくつかのいい提案をしたにもかかわらず、(11月の最後の数日に行われた)ダラスでの交渉で何も得られなかった」と機構側の交渉姿勢を批判。ジオリトも「我々は交渉の準備ができている。機構側が出てくるのをずっと待っているんだ。ロックアウト前に複数の提案をしたが、彼らはそのとき交渉することに興味を持たなかった」と同調した。

     また、選手会はタンキング防止のための制度改革に強い意欲を示している。ブリットンは「すべてのチームが毎年勝利を目指してほしい。それがファンにとってもフェアなことだと思うし、我々もそれを望んでいる。このメッセージを送り続けるつもりだ」とコメント。ジオリトも「全30球団が競争し、可能な限りベストの選手をフィールドへ送り出してほしい。これは我々が提案のなかで強調していることだ。すべての人々のためにゲームをよりよくしていこう。一番はファンのためだ」と同様の内容を語っている。

     2016年王者のカブス、2017年王者のアストロズ、2021年王者のブレーブスのように、タンキングを経由して戦力を整え、頂点に上りつめた例は多く、近年は同様の手法を採るチームが増えている。主力選手を次々に放出して年俸総額を削減し、意図的に負けを増やした球団にメリットがある現在の制度を変える必要がある、と選手会は考えているわけだ。セミエンは「1月が重要な月になる」とコメント。スプリング・トレーニングやシーズン開幕に影響が及ぶことは双方とも望んでおらず、年が明けた1月にいよいよ労使交渉が本格化することになりそうだ。

  • ロイヤルズの有望株・ウィットJr. 来季の開幕ロースター入りを目指す

    2021.12.28 10:00 Tuesday

     ロイヤルズの有望株、ボビー・ウィットJr.は2019年ドラフト1巡目(全体2位)指名でプロ入り。昨年は新型コロナウイルスのパンデミックの影響でマイナーのシーズンが開催されなかったため、プロ野球選手としてフルシーズンを過ごすのは今季が初めてだった。今季はAA級とAAA級で合計123試合に出場して打率.290、33本塁打、97打点、29盗塁、OPS.936の好成績をマーク。来季の開幕ロースター入りを目指し、オフシーズンもトレーニングに励んでいる。

     ウィットJr.は現在、昨オフ同様にテキサス州のアスリートパフォーマンス強化センターでトレーニングを行っている。「今季の最大の収穫は、正しいルーティーンを身につけて、身体を正しい状態に保つことができたことだった。今オフも同じように、よりよい食事、よりよい休息、よりよい睡眠など、身体にルーティーンを覚え込ませようとしているんだ。今の時期は、自分の身体に何が必要かを確認する時期だ。多くのことを学びながら準備を進めているよ」とウィットJr.は語る。

     アスリートパフォーマンス強化センターでは、カンザスシティ・チーフスのクオーターバック、パトリック・マホームズなど、多くのアスリートがトレーニングを行っており、ウィットJr.はこうした周囲のアスリートから刺激を受けているという。筋肉量のアップに取り組んでいるウィットJr.は「脚が少し太くなったのがわかるんだ。ジーンズはあまり頻繁に穿かないんだけど、たまに穿くと窮屈に感じる」とトレーニングの成果を実感しているようだ。

     ロイヤルズでは今季、ニッキー・ロペスが急成長して正遊撃手に定着。故障がちなアダルベルト・モンデシーを三塁へ追いやった。二塁には盗塁王のウィット・メリフィールドがおり、故障者が発生しない限り、ウィットJr.が開幕ロースター入りする可能性は低いとみられる。とはいえ、2022年シーズン中にメジャーデビューのときが訪れるのは間違いない。昇格のタイミング次第では新人王の有力候補にもなり得るだけに、大きな注目を浴びる存在となるのは間違いなさそうだ。

  • 87年ナのサイ・ヤング賞を再投票 実際の受賞者はトップ5圏外に

    2021.12.27 13:00 Monday

     過去35年間でサイ・ヤング賞を受賞したリリーフ投手は4人しかいない。1987年ナ・リーグのスティーブ・ベドロージアン、1989年ナ・リーグのマーク・デービス、1992年ア・リーグのデニス・エカーズリー、そして2003年ナ・リーグのエリック・ガニエという顔ぶれである。メジャーリーグ公式サイトでは、1位と2位がわずか2ポイント差という大接戦だった1987年ナ・リーグのサイ・ヤング賞について、現在の評価基準に基づく再投票を実施。実際の受賞者であるベドロージアンがトップ5から漏れるという結果になった。

     今回の再投票にはメジャーリーグ公式サイトのライター14人が参加。1987年ナ・リーグのサイ・ヤング賞投票でポイントを獲得した8人の投手が投票対象となり、各ライターは1位から8位まで順位付けすることを求められた。それを1位8ポイント、2位7ポイント、といった具合に集計。その結果が以下の通りである。

    ◆実際の投票結果
    1位 スティーブ・ベドロージアン
    2位 リック・サトクリフ
    3位 リック・ラッシェル
    4位 オーレル・ハーシュハイザー
    5位 ドワイト・グッデン/ノーラン・ライアン

    ◆再投票の結果
    1位 ノーラン・ライアン
    2位 オーレル・ハーシュハイザー
    3位 ボブ・ウェルチ
    4位 マイク・スコット
    5位 リック・ラッシェル

     65試合に登板して5勝3敗40セーブ、防御率2.83をマークし、リリーフ投手ながらサイ・ヤング賞を受賞したベドロージアンは、今回の再投票では1位票を1つも獲得できず、総ポイントでも7位に終わった。当時、まだWARという指標は存在していなかったが、データサイト「ベースボール・リファレンス」が算出するWARは2.3に過ぎず、これはサイ・ヤング賞受賞者としては歴代ワーストの数字。おそらく現在の評価基準ではサイ・ヤング賞の候補にすらならないだろう。

     今回の再投票で1位になったのは、伝説の名投手・ライアンだった。実際のサイ・ヤング賞では1位票を1つも獲得できず、グッデンと同ポイントの5位タイに終わったものの、この年は8勝16敗ながら防御率2.76、270奪三振の好成績で防御率と奪三振の二冠を獲得。今回の再投票ではライター14人のうち8人がライアンに1位票を投じ、合計98ポイントのライアンが95ポイントのハーシュハイザーを破るという結果になった。

     ライアンに次ぐ2位となったハーシュハイザーは、リーグ最多の264回2/3を投げたことが高く評価された。この年は16勝16敗、防御率3.06、190奪三振を記録。翌1988年にはメジャー新記録となる59イニング連続無失点をマークするなど、23勝8敗、防御率2.26というキャリアハイの成績を残し、見事サイ・ヤング賞に輝いた。

     実際の投票でわずか3ポイントしか獲得できず8位に終わったウェルチは、リーグトップのWAR(7.1)を記録したことが評価され、再投票では3位に急浮上。リーグ最多の36試合に先発し、ライアンに次ぐリーグ2位の233奪三振をマークしたスコットも、7位から4位へ大幅ランクアップとなった。

     勝ち星やセーブ数が以前ほど重要視されなくなった現在において、今回の再投票の結果は決して驚くべきものではないだろう。通算324勝、5714奪三振という素晴らしい成績を残しながらも、サイ・ヤング賞を1度も受賞できなかったライアンだが、現在のような評価基準でサイ・ヤング賞の投票が行われていたら、受賞のチャンスは何度もあったのかもしれない。

  • サヨナラ弾 史上最多はトーミー13本、現役最多はプーホルス12本

    2021.12.27 11:00 Monday

     日本時間12月27日、メジャーリーグ公式サイトのジェイソン・カターニア記者は通算サヨナラ本塁打トップ10を紹介する特集記事を公開した。メジャー史上最多のサヨナラ本塁打を放ったのは、通算612本塁打を記録して2018年に有資格初年度で殿堂入りを果たしたジム・トーミーの13本。1本差の2位には6人が並んでいるが、うち5人は殿堂入りの名打者であり、唯一の現役選手であるアルバート・プーホルスも引退から5年後、有資格初年度での殿堂入りが確実視されている。

     トーミーはインディアンスなど6球団で合計22年間にわたって活躍。通算500本塁打をサヨナラ本塁打で飾った史上唯一の選手である(ホワイトソックス時代の2007年9月16日、エンゼルス戦で同点の9回裏にサヨナラ2ラン)。延長戦で放ったサヨナラ本塁打が8本あり、これはフランク・ロビンソン、プーホルスと並んで史上最多タイ。この8本のなかには2001年4月21日、自身のボブルヘッド・デーに放った延長11回のサヨナラ本塁打も含まれている。

     トップと1本差の2位にはジミー・フォックス、ミッキー・マントル、スタン・ミュージアル、プーホルス、ロビンソン、ベーブ・ルースの6人がランクイン。このなかで唯一500本塁打を達成していないミュージアル(475本塁打)はサヨナラのソロ本塁打が9本というメジャー記録を持っている。また、1チームで放ったサヨナラ本塁打としては、マントル(ヤンキース)とミュージアル(カージナルス)の12本が史上最多である。

     8位タイ(11本)にはデービッド・オルティス、トニー・ペレス、ライアン・ジマーマンの3人がランクイン。ペレスは通算379本塁打のうち11本がサヨナラ本塁打であり、2アウトからのサヨナラ本塁打7本はメジャー記録となっている。ちなみに、11位タイはディック・アレン、ハロルド・ベインズ、バリー・ボンズ、アダム・ダン、ジェイソン・ジアンビ、レジー・ジャクソン、マイク・シュミット、サミー・ソーサの10本。史上最多の762本塁打を放ったボンズの名前がここでようやく登場する。

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