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  • 2016年新人王・フルマー 開幕から投げられる可能性も

    2020.4.14 12:30 Tuesday

     2月にスプリング・トレーニングがスタートした時点では、タイガースは2016年アメリカン・リーグ新人王のマイケル・フルマーがシーズン中盤に戦列復帰を果たし、先発ローテーションに加わることを期待していた。しかし、シーズン開幕延期の影響により事情が変わりつつある。フルマーのトミー・ジョン手術からの回復が早まったわけではないが、シーズン開幕が遅れていることにより、フルマーが開幕から先発ローテーションの一角を担うことのできる可能性が出てきたのだ。

     タイガースのロン・ガーデンハイアー監督は、フルマーの復帰時期について「シーズン開幕から、あるいはそれに近い時期から投げられる可能性がある」と初めて具体的に言及した。「スプリング・トレーニングの時点では、早くてもシーズン中盤だと考えていた。でも今は、正直に言うと、野球が再開できるようになれば、彼は開幕から投げられるかもしれないと思っている」とガーデンハイアーは語る。

     フルマーは、昨年3月にトミー・ジョン手術を受け、2019年シーズンを全休。同手術からの復帰には通常、14~16ヶ月を要するため、タイガースは今年7月ごろの戦列復帰を想定していた。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けてオープン戦が中止となり、シーズン開幕も延期に。現在もシーズン開幕の見通しは立っておらず、開幕時期が7月以降にずれ込むようであれば、フルマーは開幕から先発ローテーションの一員として投げられるというわけだ。

     フルマーは、メジャー1年目の2016年に11勝7敗、防御率3.06の好成績をマークして新人王に選出。翌2017年も10勝12敗、防御率3.83で2年連続の2ケタ勝利を達成したが、2018年は3勝12敗、防御率4.69と不本意な成績に終わった。

     今季のタイガースは、昨季238奪三振のマシュー・ボイドを中心に、ジョーダン・ジマーマン、イバン・ノバ、ダニエル・ノリス、スペンサー・ターンブルの5人で先発ローテーションを形成する予定。シーズン開幕に近いタイミングで、ここにフルマーが加わることになりそうだ。

  • 大腸がん手術のオリオールズ・マンシーニ 順調に回復中

    2020.4.14 11:20 Tuesday

     日本時間4月14日、オリオールズのマイク・エリアスGMは自宅のオフィスからテレビ電話でメディア対応を行い、3月に大腸がんの手術を受けたトレイ・マンシーニの現状などを報告した。マンシーニは手術から1ヶ月が経過したが、エリアスによると「100パーセントの回復に向けて本当に良い状態」であるという。ただし、完全復活までには少し時間がかかるようだ。

     テレビ電話によるメディア対応のなかで、エリアスは新型コロナウイルスの影響によるシャットダウン期間のオリオールズの状況について、様々な項目に関して説明し、そのなかで真っ先に取り上げたのがマンシーニの現状報告だった。エリアスはシャットダウン期間中、マンシーニと定期的に連絡を取っていることを明らかにした。

     エリアスは「彼は順調に回復している。大きな手術だったし、人生における大きな出来事だった。回復には時間がかかるだろうし、大変だと思うけど、手術は成功しており、彼の年齢や体力を考慮しても、日常生活を送るだけでなく野球選手としてプレイするうえで、100パーセントの回復に向けて本当に良い状態であると言える」とマンシーニの現状を報告。「でも、少し時間がかかるだろう」と付け加えた。

     マンシーニの復帰時期については、「シーズン開幕の見通しが立たないなか、具体的な復帰時期を定めるのは非常に難しい」と話したが、「数週間という規模よりは数ヶ月という規模で考えている」という。そのうえで、「数ヶ月を要するプロセスになるだろう。でも、彼が回復することを確信しているし、必ず戻ってきてくれると思う」とエールを送った。

     現在28歳のマンシーニはメジャー4年目の昨季、154試合に出場して打率.291、35本塁打、97打点、OPS.899という自己最高のシーズンを過ごした。チーム再建を進めるオリオールズにおいて、中心打者として必要不可欠な存在であり、無事にグラウンドに復帰できることを祈りたい。

  • 各ポジションの「最高のMVP」 MLB公式サイトが特集

    2020.4.13 13:50 Monday

     日本時間4月13日、メジャーリーグ公式サイトのリチャード・ジャスティスは、MVP受賞者によるオールスター・チームを選出する特集記事を公開した。バリー・ボンズやベーブ・ルース、アルバート・プーホルスといった豪華な名前がズラリと並び、ルー・ゲーリッグやウィリー・メイズが選に漏れるほどの布陣となっている。2001年にMVPと新人王をダブル受賞したイチローも、残念ながら今回のオールスター・チームには選出されなかった。

    ◆捕手
    ジョニー・ベンチ(1970年・レッズ)
    158試合 打率.293 45本塁打 148打点 5盗塁 OPS.932
    本塁打と打点の二冠に輝き、OPSも自己最高の数字。捕手として130試合に先発出場し、盗塁阻止率48.4%をマークした。

    次点:ロイ・キャンパネラ(1953年・ドジャース)
    144試合 打率.312 41本塁打 142打点 4盗塁 OPS1.006

    ◆一塁手
    アルバート・プーホルス(2009年・カージナルス)
    160試合 打率.327 47本塁打 135打点 16盗塁 OPS1.101
    次点のゲーリッグも捨て難いが、44度も敬遠されたなかで抜群の成績を残したプーホルスが選出。時代による投手のレベルの違いも考慮された。

    次点:ルー・ゲーリッグ(1927年・ヤンキース)
    155試合 打率.373 47本塁打 173打点 10盗塁 OPS1.240

    ◆二塁手
    ロジャース・ホーンスビー(1925年・カージナルス)
    138試合 打率.403 39本塁打 143打点 5盗塁 OPS1.245
    次点のモーガンも素晴らしい成績だが、ホーンスビーには及ばない。打率4割と三冠王の同時達成はこの年のホーンスビーが最後である。

    次点:ジョー・モーガン(1976年・レッズ)
    141試合 打率.320 27本塁打 111打点 60盗塁 OPS1.020

    ◆三塁手
    ジョージ・ブレット(1980年・ロイヤルズ)
    117試合 打率.390 24本塁打 118打点 15盗塁 OPS1.118
    同年受賞者同士の争いとなった三塁は、打率4割に迫ったブレットに軍配。9月19日まで打率4割をキープし、三塁手史上最高打率をマークした。

    マイク・シュミット(1980年・フィリーズ)
    150試合 打率.286 48本塁打 121打点 12盗塁 OPS1.004

    ◆遊撃手
    アーニー・バンクス(1958年・カブス)
    154試合 打率.313 47本塁打 129打点 4盗塁 OPS.980
    リプケンJr.とロビン・ヨーントも含めた混戦となったが、本塁打と打点の二冠に輝いたバンクスが選出。OPSも3選手のなかで最高だった。

    次点:カル・リプケンJr.(1991年・オリオールズ)
    162試合 打率.323 34本塁打 114打点 6盗塁 OPS.940

    ◆外野手
    ベーブ・ルース(1923年・ヤンキース)
    152試合 打率.393 41本塁打 130打点 17盗塁 OPS1.309

    バリー・ボンズ(2001年・ジャイアンツ)
    153試合 打率.328 73本塁打 137打点 13盗塁 OPS1.379

    ミッキー・マントル(1956年・ヤンキース)
    150試合 打率.353 52本塁打 130打点 10盗塁 OPS1.169

    1920年代はMVPを複数回受賞できなかったため、ルースは唯一MVPを受賞した1923年での選出となった。ボンズは7度のMVPのなかから史上最多の73本塁打を放った2001年での選出。マントルは3度のMVPのうち、三冠王に輝いた1956年が選ばれた。次点のメイズも素晴らしい成績だが、3人の「怪物」には及ばなかった。

    次点:ウィリー・メイズ(1965年・ジャイアンツ)
    157試合 打率.317 52本塁打 112打点 9盗塁 OPS1.043

    ◆指名打者
    ドン・ベイラー(1979年・エンゼルス)
    162試合 打率.296 36本塁打 139打点 22盗塁 OPS.901
    次点のトーマスはこの年、指名打者として13試合にしか出場しておらず、ベイラーに軍配(ベイラーは65試合)。エドガー・マルティネスとデービッド・オルティスの2人は残念ながらMVPの受賞経験がない。

    次点:フランク・トーマス(1994年・ホワイトソックス)
    113試合 打率.353 38本塁打 101打点 2盗塁 OPS1.217

    ◆先発投手
    ボブ・ギブソン(1968年・カージナルス)
    34試合 22勝9敗 防御率1.12 304回2/3 268奪三振
    ファン投票で「史上最高のシーズン」に選ばれたギブソンが順当に選出。次点のジョンソンも飛ばないボールの時代とはいえ、見事な成績を残している。

    次点:ウォルター・ジョンソン(1913年・セネタース)
    48試合 36勝7敗 防御率1.14 346回 243奪三振

    ◆救援投手
    ウィリー・ヘルナンデス(1984年・タイガース)
    80試合 9勝3敗32セーブ 防御率1.92 140回1/3 112奪三振
    MVPを受賞した救援投手はデニス・エカーズリーとジム・コンスタンティを含めて4人だけ。80試合に登板して140回1/3を投げたヘルナンデスの力投が評価された。

    次点:ロリー・フィンガース(1981年・ブリュワーズ)
    47試合 6勝3敗28セーブ 防御率1.04 78回 61奪三振

  • 最も「疎遠」なトレード相手は? 20年間トレードがない組み合わせも

    2020.4.13 12:00 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのアンドリュー・サイモンは、Baseball-Referenceの「Franchise Trade History Tool」を活用し、各球団が最も「疎遠」となっているトレード相手を調査した。現行の30球団制となった1998年以降、すべての組み合わせでトレードが成立しているものの、10年以上トレードが成立していない組み合わせも多数存在する。ここでは各球団の最も「疎遠」なトレード相手を紹介していく。

     サイモンの調査の結果、30球団の約半数にあたる14球団は、最も「疎遠」なトレード相手が同地区の球団または同一都市に本拠地を置く球団となった。やはり同地区や同一都市の球団に自軍の選手を差し出すことには抵抗があるようだ。

     また、カージナルスが5球団、ナショナルズ(前身のエクスポズ時代も含む)が4球団との最も「疎遠」なトレード相手となっているように、トレード相手を選別する傾向のある球団も存在する。ちなみに、メジャーで最も「疎遠」なトレードの組み合わせは、カージナルスとパイレーツであり、2000年7月29日にカージナルスがジャック・ウィルソンを放出してジェイソン・クリスチャンセンを獲得したトレードが最後となっている。

     以下では、各球団の最も「疎遠」なトレード相手を年代の新しいものから順に紹介する。

    ブルージェイズ:ブレーブス(2016年5月31日)
    ショーン・ラトクリフを放出してジェイソン・グリリと金銭を獲得

    ヤンキース:メッツ(2014年12月14日)
    金銭トレードでゴンザレス・ヘルメンを獲得

    レンジャーズ:ナショナルズ(2014年12月12日)
    クリストファー・ボスティックとエイベル・デロスサントスを放出してロス・デトワイラーを獲得

    エンゼルス:マリナーズ(2012年12月19日)
    ケンドリス・モラレスを放出してジェイソン・バルガスを獲得

    マーリンズ:ロッキーズ(2011年8月6日)
    ヘスス・メルチャンを放出してアルフレッド・アメザガを獲得

    ダイヤモンドバックス:ナショナルズ(2011年7月30日)
    ザック・ウォルタースを放出してジェイソン・マーキーを獲得

    レイズ:カブス(2011年1月8日)
    マット・ガーザ、フェルナンド・ペレス、ザック・ロスカップを放出してクリス・アーチャー、ロビンソン・チリーノス、サム・フルド、ブランドン・ガイヤー、李學周(イ・ハクジュ)を獲得

    マリナーズ:アストロズ(2010年6月22日)
    トミー・エバリッジを放出

    パドレス:タイガース(2009年12月21日)
    金銭トレードでダスティ・ライアンを獲得

    レッドソックス:レッズ(2009年8月14日)
    クリストファー・ネグロンを放出してアレックス・ゴンザレスと金銭を獲得

    ホワイトソックス:メッツ(2009年5月30日)
    ランス・ブロードウェイを放出してラモン・カストロと金銭を獲得

    アスレチックス:フィリーズ(2008年7月17日)
    ジョー・ブラントンを放出してエイドリアン・カルデナス、ジョシュ・アウトマン、マシュー・スペンサーを獲得

    ジャイアンツ:ドジャース(2007年8月9日)
    マーク・スウィーニーを放出して後日指名選手(トラビス・デンカー)を獲得

    カブス:カージナルス(2007年7月4日)
    ジョン・ネルソンを獲得

    アストロズ:ナショナルズ(2007年3月26日)
    ウェイド・ロビンソンを放出してダニー・アードインを獲得

    メッツ:カージナルス(2006年6月23日)
    リッチ・ランドルズを獲得

    レッズ:カージナルス(2006年4月21日)
    金銭トレードでティモ・ペレスを放出

    ブリュワーズロッキーズ(2004年12月13日)
    ロッキーズが金銭トレードでマルコス・カルバハルを獲得

    インディアンスロイヤルズ(2004年6月4日)
    ロイヤルズがマット・ホワイトを獲得

    ドジャースタイガース(2004年4月1日)
    ドジャースがスティーブ・コリアーを放出してコディ・ロスを獲得

    ブレーブスフィリーズ(2002年12月20日)
    ブレーブスがケビン・ミルウッドを放出してジョニー・エストラーダを獲得

    ツインズ:カージナルス(2002年6月11日)
    ウォーレン・モリスを放出して後日指名選手(セス・デービッドソン)を獲得

    ナショナルズ(当時エクスポズ)とオリオールズ(2001年10月3日)
    オリオールズがティム・レインズを獲得

    カージナルスパイレーツ(2000年7月29日)
    カージナルスがジャック・ウィルソンを放出してジェイソン・クリスチャンセンを獲得

  • メジャー史上最長試合は26イニング 両先発が完投

    2020.4.13 11:00 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのデービッド・アドラーは、イニング数を基準とした最長試合を特集する記事を公開した。メジャーリーグでは基本的に無制限で延長戦が行われるため、20イニングを超えるような「マラソン・ゲーム」も決して珍しくない。イニング数を基準としたメジャー史上最長試合は、1920年5月1日に行われたブルックリン・ロビンス(現ドジャース)対ボストン・ブレーブスの一戦で、26イニングを戦った末、1対1の引き分けで終了した(日没によりコールドゲーム)。

     ロビンスがレオン・カドーア、ブレーブスがジョー・エシュガーの先発で始まった一戦は、5回表一死二塁からアイビー・オルソンのタイムリーでロビンスが先制。しかし、6回裏二死三塁の場面でトニー・ボーケルがタイムリーを放ち、ブレーブスが1対1の同点に追い付いた。

     ブレーブスは9回裏に一死満塁のサヨナラ機を迎えたものの、チャーリー・ピックが併殺打に倒れて無得点。ロビンスも17回表に一死満塁のチャンスを作ったが、ラウディ・エリオットが併殺打に倒れ、得点できなかった。それ以降、走者が二塁へ進んだのは1度だけで、26回裏のブレーブスの攻撃が無得点に終わったところで日没によりコールドゲームが宣告された。

     26イニングというメジャー史上最長試合となったこの一戦だが、試合時間はなんとわずか(?)3時間50分。カドーアは15安打1失点、エシュガーは9安打1失点でそれぞれ26イニングを投げ抜いた。ちなみに、球審を務めたバリー・マコーミックは試合後にステーキ店を予約しており、暗くなった球場で自身の片手を見たところ、それがハムに見えたため、この暗さでは試合が続行できないと判断してコールドゲームを宣告したという逸話が残っている。

     21世紀に入ってからでは、2008年4月17日に行われたロッキーズ対パドレスの22イニングが最長となっている。この試合は、22回表にトロイ・トゥロウィツキーのタイムリー二塁打で勝ち越しに成功したロッキーズが2対1で勝利。当時パドレスに在籍していた井口資仁は「2番・二塁」でフル出場して9打席で7打数無安打2四球だった。

     なお、試合時間では、1984年5月8日に行われたホワイトソックス対ブリュワーズの一戦の8時間6分が史上最長となっている(延長25回の末、ホワイトソックスが7対6でサヨナラ勝ち)。

  • 「世界の盗塁王」と2度トレードされた男・プランク

    2020.4.12 18:45 Sunday

     歴代最多の1406盗塁と2295得点を記録し、2003年限りで現役を引退した「世界の盗塁王」ことリッキー・ヘンダーソンと2度にわたってトレードされた男がいるのをご存じだろうか。その男の名はエリック・プランク。メジャー14年のキャリアで通算714試合に登板し、72勝を挙げたリリーフ右腕である。殿堂入りの名外野手・ヘンダーソンとの2度のトレードは、どのように起こったのか。簡単に振り返ってみよう。

     1984年オフ、同年のシーズンで77勝85敗(地区4位)に終わったアスレチックスは、5年連続盗塁王、オールスター・ゲーム選出4度とすでにスター選手としての地位を確立していたヘンダーソンの放出を画策していた。ヘンダーソンが1年後にフリーエージェントとなり、アスレチックスには契約延長の意思がなかったからだ。

     ヤンキースのほか、オリオールズ、ドジャース、レンジャーズなどがヘンダーソンの獲得に動き、最終的にアスレチックスはヘンダーソン、バート・ブラッドリー、金銭とのトレードでヤンキース傘下の有望株トップ5のうち4人を含む5選手を獲得することに成功。そのうちの1人が当時ヤンキース傘下A級に所属していたプランクだった。

     ヘンダーソンを獲得したヤンキースは、5年総額850万ドルの大型契約を与え、ヘンダーソンは球界3番目の高額年俸選手となった。一方、アスレチックスも交換要員の目玉だったホゼ・リーホこそアスレチックスで大成できなかったものの、ジェイ・ハウエルはクローザーを務めて3年間で2度のオールスター・ゲーム選出、スタン・ハビアーは俊足攻守の控え外野手としてメジャー定着、ティム・バートサスは移籍1年目に10勝をマーク、そしてプランクは1986年にメジャーへ昇格してブルペンの貴重な戦力になるなど、「ヘンダーソンの残り1年分」の対価としては十分すぎるほどの成果を上げた。

     そして、1989年6月に、今度はヤンキースが売り手、アスレチックスが買い手として2度目のトレードが成立する。ヤンキースとの契約最終年を迎えたヘンダーソンは65試合で打率.247、25盗塁という低調なパフォーマンスに終始し、ヤンキースは放出を画策。ヘンダーソンはトレード拒否権を持っていたが、古巣アスレチックスへのトレードを受け入れ、グレッグ・カダレット、ルイス・ポローニア、そしてプランクの3選手が交換要員となった。

     ヘンダーソンは移籍後の85試合で打率.294、52盗塁の活躍を見せただけでなく、ポストシーズン9試合でも打率.441、3本塁打、11盗塁の大暴れ。リーグ優勝決定シリーズのMVPに選出され、チームをワールドシリーズ制覇へ導いた。その後、アスレチックスと4年総額1200万ドルの大型契約を結び、翌1990年には自己最高のOPS1.016をマークしてアメリカン・リーグMVPに選出された。

     一方のプランクも、ヤンキース救援陣の一角を担い、1992年からはインディアンス救援陣の中心的存在として活躍。1993年には自己最多の70試合に登板し、15セーブ、防御率2.79の好成績をマークした。36歳となった1999年シーズン終了後に現役を引退。ヘンダーソンのメジャーでのラストイヤーは、それから4年後の2003年(当時44歳)だった。

     ちなみに、14年のキャリアのなかで829人の打者と対戦したプランクが最も多く対戦したのはカル・リプケンJr.だったが、対戦が2番目に多かったのがヘンダーソンだった。38度対戦し、5安打に抑えたプランクだが、ヘンダーソンはプランクから15個の四球を選び、出塁率は.526という高率。直接対決は、抜群の選球眼を誇ったヘンダーソンに軍配が上がったと言えそうだ。なお、プランクはヘンダーソンと2度トレードされたことについて「自分とトレードされた男が殿堂入り選手になってくれたのは嬉しいよ」と語っている。

  • 4月15日はジャッキー・ロビンソン・デー デビューから73年

    2020.4.12 15:30 Sunday

     球界で最も重要な日の1つと言われるのが1947年4月15日、ジャッキー・ロビンソンがブルックリン・ドジャースの一員としてメジャーデビューを果たし、メジャーリーグの世界におけるカラーバリア(人種の壁)を打ち破った日である。ロビンソンのデビューから50年となった1997年4月15日には背番号「42」が全球団で永久欠番となり、2004年4月15日には「ジャッキー・ロビンソン・デー」が制定された。現在では「ジャッキー・ロビンソン・デー」には全ての選手や監督・コーチが背番号「42」のユニフォームを身に着けるのが恒例行事となっている。

     今年は残念ながら、新型コロナウイルスの感染拡大により、「ジャッキー・ロビンソン・デー」の制定後、その日に試合が行われない初めてのシーズンとなりそうだ。しかし、MLBネットワークでは、ロビンソンの功績をたたえ、「ジャッキー・ロビンソン・デー」に合わせて様々な特集番組や記念番組を予定している。その第1弾として、今週末は「ジャッキー・ロビンソン・ウィークエンド」と題して様々な特集が行われている。

     過去の「ジャッキー・ロビンソン・デー」に行われた試合のなかからは3試合をピックアップ。2009年のジャイアンツ対ドジャースの一戦では、ドジャースが押し出し四球でサヨナラ勝ちを収め、2010年のエンゼルス対ヤンキースの一戦では、ロビンソンにちなんで名付けられたロビンソン・カノー(当時ヤンキース)が2本塁打を放つ活躍でチームを勝利に導いた。また、ロビンソンのデビューから70年となった2017年のパイレーツ対カブスの一戦では、パイレーツが7回に5点を奪い、逆転勝利を収めている。

     これ以外にも、ケン・グリフィーJr.がロビンソンについて語ったインタビュー、アメリカの公民権運動におけるロビンソンの役割にフォーカスを当てた特集番組、ロビンソンのメジャーでの活躍を特集する番組、「ジャッキー・ロビンソン・デー」での注目試合を特集する番組などが順に放送される。今年の「ジャッキー・ロビンソン・デー」を迎える前に、ロビンソンの功績を振り返ってみるのもいいかもしれない。

  • メジャー通算1登板の元ヤンキース・マーソネックが学んだこと

    2020.4.12 14:20 Sunday

     2004年7月11日(現地時間)、ヤンキースのサム・マーソネックはメジャーデビュー戦のマウンドに立ち、1回1/3を無失点に抑えて試合を締めくくった。1996年のドラフトでレンジャーズから1巡目(全体24位)で指名された元有望株が子供の頃からの夢を叶えた瞬間だったが、残念ながらこれがメジャーでの唯一の登板となった。自身が思い描いていたような順風満帆のキャリアを過ごすことができなかったマーソネックは、自身の経験から何を学んだのだろうか。

     「幼いときからベストの投手になりたいと思っていた。12歳のときからノーラン・ライアンの奪三振記録を破りたいと思っていた。僕は高校生のなかでトップクラスの投手の1人だったからそのチャンスはあると思っていたんだ」と子供の頃を振り返ったマーソネックは、ドラフト1巡目指名を受けてレンジャーズに入団。しかし、ルーキー級で防御率5点台に終わるなど、理想とは異なるキャリアを強いられ、酒の力を借りて現実から目を背けるようになっていった。

     レンジャーズも「元ドラ1」の育成を諦めたように見られていたが、そんなマーソネックに救いの手を差し伸べたのがヤンキースだった。「ヤンキースは多くの問題児を復活させた実績があったから新天地でプレイするのが楽しみだった」とマーソネック。移籍後はリリーフに転向してAAA級のオールスター・ゲームにも選出され、着実にメジャー昇格へ近付いていた。ただし、飲酒運転で3度の逮捕歴がありながらも飲酒を止めようとはしなかった。

     そして、2004年7月、ついにメジャー昇格の日がやってきた。AAA級のバッキー・デント監督に呼び出されたマーソネックは「トレードされたのかと思った」と当時を振り返ったが、そこで知らされたのはメジャー昇格の吉報だった。点差が開いた試合で守護神マリアーノ・リベラに代わって試合の最後を締めくくる役割を与えられたマーソネックは、メジャーデビュー戦で1回1/3を無失点に抑える順調なスタートを切った。しかし、翌日からオールスター・ブレイクに突入したことがマーソネックのキャリアを暗転させてしまう。

     当初はオールスター・ブレイク期間中もニューヨークに留まることを望んでいたマーソネックだが、チームメイトが各地へ散っていくのを見てタンパの自宅へ戻ることを決めた。しかし、兄弟や友人と釣りや飲み会をして休暇を満喫していたマーソネックは、ウェイクボードで遊んでいた際に、自力で歩けないほどの重傷を膝に負ってしまう。このとき、ブライアン・キャッシュマンGMに対して負傷した本当の理由を告げなかったことを今でも後悔しているという。

     手術をせず、2004年シーズン中の戦列復帰を目指したマーソネックだが、マイナーの試合では登板したものの、メジャー復帰は果たせなかった。翌2005年はAAA級で防御率6点台に終わり、メジャー昇格の機会はなし。そして、その年のオフ、マーソネックはチームメイトのアンディ・フィリップスとともにドミニカ共和国へ足を運び、野球以外に何もない子供たちが必死に、そして楽しそうに野球をしている姿を目にする。自分の考えが甘かったことを痛感したマーソネックは、この日を境に飲酒を止めた。

     2006年はカブスとマイナー契約を結んだが、肩の故障により全休。2007年は独立リーグでプレイし、2008年はナショナルズとマイナー契約を結んだが、キャンプ最終日に解雇され、現役引退を決めた。そして、引退後は複数の自動車店のオーナーを務めながら、野球の指導者として活躍している。指導の際には、自身がプロ野球選手として得た経験(良い経験だけでなく悪い経験も)が活きているという。「自分が犯した間違いや後悔が、今の自分の燃料になっているんだよ」とマーソネックは語った。

  • 「全米No.1有望株」をランク付け 大谷は2位にランクイン

    2020.4.11 13:30 Saturday

     メジャーリーグ公式サイトでは、2004年からプロスペクト(若手有望株)のランキング作成を開始した。近年では、シーズン開幕前のみならず、シーズン途中にもランキングのアップデートが行われるようになり、これまでに16人の「全米No.1有望株」が誕生している。メジャーリーグ公式サイトのジョナサン・マヨは、この16人の「全米No.1有望株」を「その時点で誰がベストの有望株だったか」という観点から16位までランク付け。2018年開幕前の「全米No.1有望株」だった大谷翔平(エンゼルス)は、このランキングで16人中2位にランクインしている。

     16人のなかから1位に選ばれたのは、2018年シーズン途中と2019年開幕前に「全米No.1有望株」となったブラディミール・ゲレーロJr.(ブルージェイズ)だ。一般的に、プロスペクトへの評価は20~80の範囲で行われるが、メジャーリーグ公式サイトが打撃力の評価に80を与えたプロスペクトは、ゲレーロJr.が初めてだった。ゲレーロJr.は、打率.331、出塁率.414、OPS.945という成績でマイナーを卒業し、メジャー1年目の昨季は123試合で15本塁打。今季はさらなる飛躍が期待されている。

     2位には大谷が登場。マヨは「彼のような選手は見たことがなかった」とし、「投打両面での高い能力が彼をランキングの上位に押し上げた。投手としてNo.1のプロスペクトだったが、外野手としてもトップ10に入っていただろう」と評価した。メジャー1年目の2018年の開幕からメジャーでプレイしたため、あっという間にプロスペクト・ランキングから卒業することになったが、「プロスペクト・大谷翔平」が球界に与えたインパクトは強烈だった。

     最新版のプロスペクト・ランキングで全体1位のワンダー・フランコ(レイズ)は7位に登場。まだ19歳だが、昨季はA級とA+級の2階級合計で114試合に出場して打率.327をマーク。35三振に対して56四球を記録するなど、アプローチの成熟度は19歳とは思えないレベルに達している。打撃力で80の評価を受けた2人目のプロスペクトであり、今季中に19歳でメジャーデビューする可能性すら取り沙汰されている。

     10位には、今季から日本プロ野球の福岡ソフトバンクホークスでプレイするマット・ムーアが登場。ムーアは、2012年開幕前のプロスペクト・ランキングで、ブライス・ハーパーやマイク・トラウトを差し置いて1位に選出された。2013年に自己最多の17勝を挙げ、オールスターゲームに選出されたが、その後は故障に悩まされ、当初の期待ほどの活躍を見せることはできなかった。

     なお、今回マヨが発表したランキングは以下の通り。括弧内はプロスペクト・ランキングで全体1位となった時期を表している。

    1位 ブラディミール・ゲレーロJr.(2018年途中・2019年開幕前)
    2位 大谷翔平(2018年開幕前)
    3位 バイロン・バクストン(2013年途中から2015年途中まで)
    4位 デルモン・ヤング(2005年開幕前から2007年開幕前まで)
    5位 マイク・トラウト(2011年開幕前)
    6位 ジョー・マウアー(2004年開幕前)
    7位 ワンダー・フランコ(2019年途中・2020年開幕前)
    8位 ヨアン・モンカダ(2017年途中)
    9位 デービッド・プライス(2009年開幕前)
    10位 マット・ムーア(2012年開幕前)
    11位 アレックス・ブレグマン(2016年途中)
    12位 アンドリュー・ベニンテンディ(2017年開幕前)
    13位 ジェイソン・ヘイワード(2010年開幕前)
    14位 コリー・シーガー(2016年開幕前)
    15位 ジュリクソン・プロファー(2012年途中・2013年開幕前)
    16位 ジェイ・ブルース(2008年開幕前)

  • 各球団の次の永久欠番は? MLB公式サイトが特集

    2020.4.11 12:00 Saturday

     永久欠番は、選手や監督がチームから受ける最高の栄誉である。そのチームで見事な活躍を見せたり、素晴らしい功績を残した選手や監督に敬意を表して制定されるケースが多い。現在、メジャーリーグでは、全球団共通の永久欠番となっているジャッキー・ロビンソンの「42」のほか、30球団合計で180以上の永久欠番があり、なかには複数の球団で永久欠番の栄誉を受けた選手や監督もいる。メジャーリーグ公式サイトでは、各球団の次の永久欠番を予想する特集記事を公開。各球団の番記者が次の永久欠番の候補を選出した。

     日本人選手で唯一名前が挙がったのは、マリナーズのイチローだ。マリナーズの「51」は、殿堂入り左腕のランディ・ジョンソンの背番号でもあり、「51」がマリナーズの次の永久欠番となることはほぼ確実。問題は、先にジョンソンの「51」だけを永久欠番としてしまうのか、イチローが殿堂入りするまで待って2人同時に永久欠番とするのか、という点だけだ。イチローが残した数々の功績をたたえ、イチローが殿堂入りした時点でジョンソンとともに「51」を永久欠番とする可能性が高そうだ。

     30球団のなかで永久欠番が最も多く、1ケタの背番号が全て永久欠番となっているヤンキースからは、昨季限りで現役を引退したCC・サバシアの「52」が選ばれた。2009年にヤンキースへ加わったサバシアは、新ヤンキー・スタジアムが開場したこの年、エースとしてワールドシリーズ制覇に貢献。在籍した11年間で134勝をマークした。

     現役選手からはヤディアー・モリーナ(カージナルス)の「4」とクレイトン・カーショウ(ドジャース)の「22」をピックアップしたい。カージナルスは、これまでに選手10人、監督2人、オーナー1人、ブロードキャスター1人に永久欠番を与えているが、将来の殿堂入りが有力視されるモリーナも永久欠番の栄誉に値する存在だろう。カーショウも、これまでのキャリアを考えれば永久欠番となることは確実だが、ドジャースの「次の」永久欠番とはならないかもしれない。スティーブ・ガービーやギル・ホッジスといった名選手がベテランズ委員会の選考によって殿堂入りを決める可能性があるからだ。

     なお、各球団の番記者が選出した「次の永久欠番の候補」は以下の通りとなっている。

    アメリカン・リーグ東部地区
    オリオールズ:マイク・ムシーナ「35」、ハロルド・ベインズ「3」
    レッドソックス:ロジャー・クレメンス「21」、ドワイト・エバンス「24」
    ヤンキース:CC・サバシア「52」
    レイズ:ベン・ゾブリスト「18」、エバン・ロンゴリア「3」
    ブルージェイズ:ホゼ・バティースタ「19」

    アメリカン・リーグ中部地区
    ホワイトソックス:オジー・ギーエン「13」、ホゼ・アブレイユ「79」
    インディアンス:オマー・ビスケル「13」
    タイガース:ジム・リーランド「10」、ジャスティン・バーランダー「35」、ミゲル・カブレラ「24」
    ロイヤルズ:ネッド・ヨスト「3」
    ツインズ:ジョー・ネイサン「36」、トリー・ハンター「48」

    アメリカン・リーグ西部地区
    アストロズ:ホゼ・アルトゥーベ「27」
    エンゼルス:ブラディミール・ゲレーロ「27」、マイク・トラウト「27」
    アスレチックス:バイダ・ブルー「35」
    マリナーズ:ランディ・ジョンソン「51」、イチロー「51」
    レンジャーズ:エルビス・アンドルース「1」

    ナショナル・リーグ東部地区
    ブレーブス:アンドリュー・ジョーンズ「25」、フレディ・フリーマン「5」
    マーリンズ:JJ・ブレデイ「51」
    メッツ:デービッド・ライト「5」
    フィリーズ:ディック・アレン「15」
    ナショナルズ:ライアン・ジマーマン「11」

    ナショナル・リーグ中部地区
    カブス:リー・スミス「46」
    レッズ:ジョーイ・ボットー「19」
    ブリュワーズ:クリスチャン・イェリッチ「22」
    パイレーツ:チャック・タナー「7」
    カージナルス:ヤディアー・モリーナ「4」

    ナショナル・リーグ西部地区
    ダイヤモンドバックス:カート・シリング「38」、ポール・ゴールドシュミット「44」
    ロッキーズ:ノーラン・アレナード「28」、ドン・ベイラー「25」
    ドジャース:クレイトン・カーショウ「22」
    パドレス:マニー・マチャド「13」、フェルナンド・タティスJr.「23」
    ジャイアンツ:ブルース・ボウチー「15」

  • 先頭打者アーチが最多の選手は? イチローは37本で8位

    2020.4.11 11:00 Saturday

     リードオフマンの仕事は出塁してチャンスを作ることだが、ひと振りでチームに得点をもたらすこともできる。1999年にメジャー全体の先頭打者アーチの本数が初めて3ケタ(ちょうど100本)になったが、近年は本塁打増加の波に乗って先頭打者アーチも増加傾向にあり、直近4シーズンが歴代1位から4位までを独占している(歴代最多は昨年の193本)。メジャーリーグ公式サイトのジェイソン・カターニアは、通算での先頭打者アーチの本数が多い選手を特集する記事を公開。なお、本数のカウント対象はレギュラーシーズンの試合のみとなっている。

     歴代断トツとなる81本もの先頭打者アーチを放ったのは、「世界の盗塁王」として知られるリッキー・ヘンダーソンだ。自己最多タイの28本塁打を放った1986年には9本の先頭打者アーチを放っている。ヘンダーソンの特徴は、キャリアを通してリードオフマンを務めたことであり、通算13346打席に立っているにも関わらず、1番以外の打順は全て通算100打席未満(次点は9番の81打席)。また、メジャー初本塁打と最終本塁打も先頭打者アーチであり、20歳から44歳まで25年連続で1本以上の先頭打者アーチを記録した。

     2位には日本プロ野球の広島東洋カープでもプレイ経験があるアルフォンゾ・ソリアーノが54本でランクイン。2003年に記録した13本の先頭打者アーチはメジャー記録となっており、2006年に9本、2007年にも12本を放っている。ちなみに、通算412本塁打は先頭打者アーチの通算本数トップ10に名を連ねている選手のなかで最多の数字である。

     3位はクレイグ・ビジオの53本、4位は昨季限りで現役を引退したイアン・キンズラーの48本、5位は同じく昨季限りで引退したカーティス・グランダーソンの47本、6位はジミー・ロリンズの46本となっており、7位にはブレイディ・アンダーソンが登場。アンダーソンは1996年に50本塁打と突如爆発し、同年4月には4試合連続先頭打者アーチのメジャー記録を樹立。1999年と2000年には2年連続で7本の先頭打者アーチを放ち、通算44本を記録した。

     そして、8位にはイチローが37本でランクイン。キンズラー、グランダーソンとともに昨季が現役ラストイヤーとなったイチローは、シーズン本数では2002年と2005年の5本が最多だが、これは現在もマリナーズの球団記録となっている。もちろん通算37本も球団記録であり、その他の選手は5本以下という状況だ。

     現役選手では、チャーリー・ブラックモン(ロッキーズ)とジョージ・スプリンガー(アストロズ)がともに36本で9位タイ。ブラックモンは、2016年に球団記録となる10本を放ち、2015年、2017年、2019年にも各6本を記録。スプリンガーは昨年12本でソリアーノのメジャー記録に迫り、2016年に8本、2017年に9本を放つなど、ハイペースで先頭打者アーチを量産している。

  • 1999年ア・リーグMVPの再投票 MLB公式サイトが特集

    2020.4.10 13:40 Friday

     日本時間4月10日、メジャーリーグ公式サイトのマーク・フェインサンドは、1999年のアメリカン・リーグのMVP投票を現在の価値基準でやり直す特集記事を公開した。実際の投票では「パッジ」の愛称で親しまれた名捕手イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)が投手三冠を達成したペドロ・マルティネス(レッドソックス)をわずか13ポイント差でかわしてMVPを受賞。ただし、1位票を最も多く獲得したのはマルティネスだった。

     この年のマルティネスは、213回1/3を投げて四球を37個しか与えず、23勝4敗、防御率2.07、313奪三振という驚異的な好成績をマーク。当然のように満票でサイ・ヤング賞を受賞したが、MVP投票では2人の記者がマルティネスの名前を投票用紙に記入せず、打率.332、35本塁打、113打点、25盗塁、OPS.914をマークしたロドリゲスがMVPに選出された。

     マルティネスに投票しなかった2人のうち1人は投手よりも野手を優先したことを明言しており、もう1人はマルティネスの同僚であるノマー・ガルシアパーラをマルティネスより高く評価した(ガルシアパーラのWARはロドリゲスを上回っていたが、マルティネスより低かった)。実際の投票結果のトップ5は以下の通り。

    1位 イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)
    2位 ペドロ・マルティネス(レッドソックス)
    3位タイ ロベルト・アロマー(インディアンス)
    3位タイ マニー・ラミレス(インディアンス)
    5位 ラファエル・パルメイロ(レンジャーズ)

     そして、今回の企画にあたってメジャーリーグ公式サイトのライター16人が現在の価値基準で改めて投票した結果が以下の通りである。

    1位 ペドロ・マルティネス(レッドソックス)
    2位 マニー・ラミレス(インディアンス)
    3位 デレク・ジーター(ヤンキース)
    4位 イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)
    5位 ロベルト・アロマー(インディアンス)

     1999年は、いわゆる「ステロイド時代」で打高投低の傾向があり、実際のMVP投票で15位以内にランクインした野手13人全員が100打点とOPS.900のラインをクリア。13人中9人が30本塁打以上を記録していた。そのような時代にマルティネスは支配的なピッチングを見せ、23勝、防御率2.07、313奪三振はいずれも断トツの数字。ちなみに各部門のリーグ2位の数字は、18勝、防御率3.44、200奪三振だった。

     ロドリゲスの打撃成績は確かに素晴らしかったが、打率はリーグ7位、本塁打は同11位、打点は同14位、OPSは同19位に過ぎない。盗塁阻止率54.7%を記録するなど、捕手としても見事な働きを見せたが、マルティネスの支配的なピッチングを上回るほどのパフォーマンスであったかどうかは意見の分かれるところだ。

     再投票の結果、16人分の1位票はマルティネス13、ラミレス2、アロマー1と3人に分かれた。ラミレスは147試合で165打点を叩き出し、アロマーも打率.323、24本塁打、120打点、37盗塁、OPS.955という素晴らしい活躍を見せた。また、打率.349をマークしたジーターも実際の6位から再投票では3位へと順位を上げている。

     投手にはサイ・ヤング賞があるため、MVP受賞のハードルは野手よりも高く設定されていると言われる。実際、1986年にロジャー・クレメンス(レッドソックス)がMVPを受賞して以降、MVPに選出された投手は2011年のジャスティン・バーランダー(タイガース)と2014年のクレイトン・カーショウ(ドジャース)の2人だけである。

     1999年のマルティネスが見せた支配的なピッチングは、MVP受賞に相応しいものであったと言えるだろう。それは16人のライターによる再投票の結果が物語っている。しかし、ロドリゲスが捕手として攻守両面で見せたパフォーマンスも素晴らしく、必ずしも当時の記者たちによる投票結果が間違っていたとは言えないのではないだろうか。

  • 球界の歴史を変えたフローレスの涙 MLB公式サイトが特集

    2020.4.10 11:40 Friday

     メジャーリーグ公式サイトのアンソニー・カストロビンスは、関係者の証言を基にしながら2015年7月末のトレード・デッドラインにおけるウィルマー・フローレスのトレード騒動に関わる動きを振り返る特集記事を公開した。メッツからブリュワーズへ移籍することが決定的となり、グラウンドで涙を流したフローレス。結局フローレスはメッツにとどまることになったが、結果的にはこのフローレスの涙が球界の歴史を変えることになった。

     カストロビンスの特集記事によると、ナショナル・リーグ東部地区において1ゲーム差で首位ナショナルズを追っていたメッツは、外野手、特に中堅手の補強を目指しており、ブリュワーズのカルロス・ゴメスに目を付けた。

     ブリュワーズとの交渉の結果、メッツはゴメス獲得の対価としてフローレスとザック・ウィーラーの2選手を放出することを決断。「もしワールドシリーズへ進出して世界一になれなかったら、人々は打線の補強をしなかったことを責めるだろう。ファンに対して補強という形でメッセージを発信する必要があった」というサンディ・アルダーソンGMの判断が決め手となった。

     しかし、試合中にトレード合意が報じられ、フローレスがトレードされることを知ったファンは、フローレスにスタンディング・オベーションを浴びせた。ファンからの温かい声援に困惑したフローレスだが、自身のトレードが報じられていることを知り、試合中であるにも関わらず、グラウンドで涙を流した。

     ところが、メッツは身体検査の過程でゴメスに問題が見つかったことを理由に、このトレードを白紙に戻した。ゴメスは通常通りに試合に出場し続けており、ブリュワーズは困惑。ゴメスの健康状態に本当に問題があったかどうかは不明であり、ウィーラーの健康状態に問題が見つかった、ゴメスの年俸負担について合意できなかった、メッツのフロントがフローレスの涙に心を動かされたなど、様々な原因が推測されている。

     しかし、結果としてメッツのゴメス獲得が白紙に戻ったことが、球界の歴史を大きく変えることになった。ブリュワーズは他球団と改めて交渉を行った結果、ゴメスとマイク・ファイアーズを放出してアストロズからジョシュ・ヘイダー、ドミンゴ・サンタナ、ブレット・フィリップス、エイドリアン・ハウザーの4選手を獲得。ヘイダーは球界最強クラスのリリーバーとして近年のブリュワーズの躍進を支え、アストロズに移籍したファイアーズはのちに不正なサイン盗みを暴露することになる。

     また、メッツはゴメスの代わりにタイガースからヨエニス・セスペデスを獲得。タイガースのジム・リーランド監督にセスペデスがセンターを守れるかを確認し、「ウチのチームではレフトを守っているけど、彼がセンターを守れない理由はない。身体能力の高い選手だからね」とお墨付きをもらったうえで獲得を決めた。

     セスペデスは、メッツ加入後の6週間で10二塁打、17本塁打、OPS1.048という驚異的な活躍を見せ、逆転での地区優勝に大きく貢献。また、セスペデスとのトレードでルイス・セッサとともにタイガースへ移籍したマイケル・フルマーは、翌2016年に新人王を受賞する活躍を見せた。

     フローレスが流した涙がなければ、メッツはセスペデスでなくゴメスを獲得し、2015年のワールドシリーズに進出していなかったかもしれない。また、メッツとブリュワーズのトレードが無事に成立していれば、ヘイダーがブリュワーズに加入することもなく、ファイアーズがアストロズの不正なサイン盗みを暴露することもなかったかもしれない。フローレスのメッツへの愛情が球界の歴史を大きく変えたのだ。

  • 通算298本塁打の長距離砲・レイノルズが現役引退を表明

    2020.4.10 10:30 Friday

     日本時間4月10日、メジャー13年間で通算298本塁打を放ったマーク・レイノルズは、「MLBネットワーク・ラジオ」で現役引退を表明した。メジャー3年目の2009年に44本塁打を放つなど、2007年から12年連続で2ケタ本塁打を記録したが、昨季は78試合の出場で4本塁打のみ。7月下旬にロッキーズを解雇されたあとは無所属の状態が続いており、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により2020年シーズンの開幕の見通しが立たないなか、現役引退を決断した。

     昨季のレイノルズは、マイナー契約から開幕ロースター入りを勝ち取ったものの、78試合に出場して打率.170、4本塁打、20打点、OPS.601と低調なパフォーマンスに終始。7月下旬にDFAとなり、そのまま解雇された。ロッキーズに所属するのは昨季が2度目(3シーズン目)であり、2016~2017年の在籍時には合計266試合に出場して打率.274、44本塁打、150打点、出塁率.354をマーク。2017年には6年ぶりにシーズン30本塁打を記録した。

     プロ入り時の球団であるダイヤモンドバックスでは「三振か本塁打か」の豪快なスラッガーとして活躍し、2008年から3年連続200三振以上(いずれもリーグ最多)。44本塁打を放った2009年に記録した223三振は、現在もメジャー記録となっている。オリオールズへ移籍した2011年も37本塁打と長打力を発揮したが、196三振はリーグ最多だった。

     レイノルズの引退発表は、スティーブ・トーレとダニー・カネルによるインタビューのなかでサプライズ的に行われた。レイノルズは、2020年シーズンも現役続行を目指していたものの、新型コロナウイルスの感染拡大によって球界の動きが止まり、シーズン開幕の見通しが立たなくなったこともあり、現役引退を決断したという。

     現役引退について「家族と友人以外には言っていなかった」というレイノルズ。現在は「家族と過ごす時間を本当にエンジョイしている」そうだ。

  • 元本塁打王・バティースタのスライダーに元同僚が太鼓判

    2020.4.9 12:55 Thursday

     過去にはリック・アンキールやアダム・ローウェンのように投手から野手へ転向したメジャーリーガーがおり、現在のメジャーリーグでは大谷翔平(エンゼルス)やブレンダン・マッケイ(レイズ)が投手と野手を兼任する「二刀流」に挑戦している。このように、投手から野手、あるいは野手から投手へ転向する例は決して少なくないが、シーズン54本塁打を放ったことのある39歳の元本塁打王が投手としてメジャー復帰を目指すとなれば、話は変わってくる。

     今年3月、ブルージェイズ時代の2010年に54本塁打、翌2011年に43本塁打を放って2年連続で本塁打王のタイトルを獲得し、メジャー15年間で344本塁打を記録したホゼ・バティースタが東京五輪予選にドミニカ共和国代表の一員として出場する予定であることと「二刀流」でのメジャー復帰を目指していることが報じられた(新型コロナウイルスの感染拡大により東京五輪予選は延期となった)。

     バティースタは、東京五輪予選には一塁手として出場予定だったが、ブルージェイズ時代の同僚であるマーカス・ストローマン(メッツ)とトレーニングに取り組み、ストローマンは「バティースタがメジャーのリリーフ投手になる可能性がある」と発言。ESPNのジェフ・パッサンは、バティースタの速球が最速94マイルに達し、スライダーにも威力があることを伝えていた。

     そして、今月に入り、ストローマンは自身のTwitterでバティースタがスライダーを投げている様子の動画を投稿。「僕が最初にバティースタがメジャーのリリーフ投手になれると言ったとき、誰も僕が真面目に言っているとは思わなかった。シンカーもスライダーもチェンジアップもメジャーで通用するよ!」とバティースタのピッチングに太鼓判を押した。

     バティースタがメジャーでプレイしたのは2018年が最後であり、昨年は無所属のまま1年を過ごした。39歳という年齢を考えると、獲得に興味を示す球団は現れない可能性のほうが高いが、バティースタの挑戦がどのような結末を迎えるか注目したい。

  • 指名打者として活躍の場を広げた殿堂入り選手たち

    2020.4.9 11:50 Thursday

     1973年にアメリカン・リーグで指名打者制が導入され、同年4月6日(現地時間)のレッドソックス戦でヤンキースのロン・ブロムバーグが指名打者として打席に入った初めての選手となった。まだ通算出場試合数の70%以上に指名打者として出場した殿堂入り選手は現れていないものの、近いうちにデービッド・オルティスがその第1号となる可能性がある。また、指名打者制のおかげで活躍の場を広げた殿堂入り選手も多い。メジャーリーグ公式サイトでは、トーマス・ハリガンが7人の殿堂入り選手をピックアップして紹介している。

     近年のメジャーリーグでは、指名打者のポジションは守備に難を抱える強打者に与えられるのみならず、主力選手に休養を与えたり、特定ポジションの人員余剰を解消したりするために使われることが多い。とはいえ、やはり守備に難を抱える、あるいは年齢とともに守備力が落ちてきた強打者に与えられるというイメージが強いポジションである。

     通算465本塁打のデーブ・ウィンフィールドは、39歳のシーズンとなった1991年までレギュラーの外野手としてプレイしたものの、キャリアの最終4年は指名打者としての出場がほとんどだった。1992年は打率.290、26本塁打、108打点、OPS.867をマークしてシルバースラッガー賞を受賞し、ブルージェイズのワールドシリーズ制覇に貢献。ツインズへ移籍した翌1993年に通算3000安打を達成した。

     通算3255安打、504本塁打を誇るスイッチヒッターのエディ・マレーも、ナショナル・リーグのメッツからア・リーグのインディアンスへ移籍した1994年以降は指名打者としての出場が大半を占めた。1995年には打率.323、21本塁打、82打点、OPS.891の好成績をマーク。ちなみに、マレーはオリオールズでデビューした1977年も主に指名打者として起用され、打率.283、27本塁打、88打点、OPS.803を記録して新人王を受賞している。

     通算3319安打のポール・モリターも、指名打者制によって寿命を延ばした選手の1人である。メジャー最初の13シーズンで1870安打、打率.299、362盗塁を記録したモリターだが、故障により出場120試合未満のシーズンが6度もあった。34歳のシーズンとなった1991年から指名打者に本格転向し、現役引退までの8シーズンで平均143試合に出場。この8シーズンで1449安打、打率.316、142盗塁をマークした。

     通算384本塁打のハロルド・ベインズは、30歳を迎える前から指名打者としての出場が多くなった。通算出場試合の58.1%に指名打者として出場し、2866安打のうち1690安打、384本塁打のうち236本塁打、1628打点のうち981打点を指名打者として記録。現役最後の4年間は1試合も守備に就かなかった。

     殿堂入り選手のうち、指名打者としての出場割合が最も高い(68.3%)のがエドガー・マルティネスだ。31歳までは三塁手としてプレイしたものの、非常に故障が多く、32歳のシーズンとなった1995年から指名打者に本格転向。この年は打率.356(首位打者)、29本塁打、113打点、OPS1.107の大活躍を見せ、5年後の2000年には自己最多の37本塁打、145打点を叩き出して打点王のタイトルを手にした。指名打者をポジションの1つとして確立した存在と言われており、最優秀指名打者賞にはマルティネスの名前が冠せられている。

     通算出場試合の過半数を指名打者としてプレイした殿堂入り選手は3人いるが、ベインズ、マルティネスに次ぐ残りの1人がフランク・トーマスだ。1993年から2年連続でMVPに輝くなど、球界を代表するスター一塁手だったトーマスは、首位打者のタイトルを手にした翌年の1998年から指名打者にシフト。2000年に43本塁打、2003年に42本塁打、2006年に39本塁打と晩年まで破壊力は衰えず、40歳まで現役を続け、通算521本塁打を記録した。

     史上8人目の通算600本塁打を達成したジム・トーメイも、ナ・リーグのフィリーズからア・リーグのホワイトソックスへ移籍した2006年以降はほとんど守備に就かなかった。2006年は打率.288、42本塁打、109打点、OPS1.014の好成績を残し、39歳のシーズンとなった2010年にはツインズでわずか276打数ながら25本塁打を放ち、OPS1.039をマーク。通算612本塁打は歴代8位の大記録である。

  • 元カージナルス・ハミルトン 医師としてウイルスとの戦いへ

    2020.4.9 10:50 Thursday

     2010~2011年にカージナルスでプレイした元一塁手のマーク・ハミルトン(35歳)は、日本時間4月11日に予定より1ヶ月早くドナルド・アンド・バーバラ・ザッカー医科大学を卒業し、医師として新型コロナウイルスとの戦いに挑むことになった。ハミルトンは、「ハミルトン医師」として感染拡大の中心地となっているニューヨークの病院に配属されることが決まっているようだ。

     ハミルトンは、新型コロナウイルスの影響により、予定よりも1ヶ月早く、オンラインでの卒業式で医科大学を卒業することになった。当初は6月に「医師1年生」としての生活をスタートする予定だったが、すでに新型コロナウイルスとの戦いが続くニューヨークの病院に配属されることが決定。配属地の病院の患者の大半は、新型コロナウイルスの感染者であるという。

     ハミルトンは「大学は卒業を早めたけど、最低限の準備は整えられるようにしてくれた」と話しており、医科大学を卒業してすぐ病院に配属されることに対応する態勢は整っているようだ。妻ローレンのほか、9歳と6歳の娘2人と一緒に暮らすハミルトンだが、「感染拡大が止まる気配はない。減速しているかもしれないけど、止まっていない。患者のために僕にできる最大限を尽くすよ」と医師としての使命を口にした。

     2006年のドラフトでカージナルスから全体76位指名を受けたハミルトンは、確実性、パンチ力、選球眼を兼ね備えた好打者として着実にマイナーの階段を上り、2010年にメジャーデビューして9試合に出場。翌2011年は自己最多の38試合に出場したが、メジャーでプレイしたのはこの年が最後だった。2012年はカージナルス、2013年はレッドソックス、2014年はブレーブスのマイナーでプレイし、2014年7月に解雇された時点で医師の道を目指すことを決めた。

     ハミルトンによると、30歳になるまでにメジャーに定着できなければ、プロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけ、医師の道を歩むことを決めていたという。2011年にワールドシリーズを制したチームの一員としてチャンピオンリングを受け取っているハミルトンだが、今度は医師としてウイルスとの戦いに挑む。

  • 球団史上最高の二塁手は誰だ!? MLB公式サイトの番記者が選出

    2020.4.8 16:55 Wednesday

     メジャーリーグ公式サイトでは、レギュラーシーズンの開幕延期によって試合がない期間を利用し、各球団の「オールタイム・チーム」を決定する企画を実施している。捕手、一塁手に続く第3弾として、各球団の番記者が球団史上最高の二塁手を決定するファン投票をTwitterで実施中(それぞれの番記者のツイートから投票可能)。ファン投票の結果とは別に、それぞれの番記者が球団の歴代二塁手のなかからトップ5を選出して紹介している。

    アメリカン・リーグ東部地区

    オリオールズ
    【1位】ボビー・グリッチ(1970-76)
    WAR36.0(Baseball-Reference版)は二塁手で球団史上最高。1973年から4年連続ゴールドグラブ賞。
    【2位】ブライアン・ロバーツ(2001-13)
    【3位】ロベルト・アロマー(1996-98)
    【4位】デイビー・ジョンソン(1965-72)
    【5位】リッチ・ダウアー(1976-85)

    レッドソックス
    【1位】ダスティン・ペドロイア(2006-現在)
    ルーキーイヤーからの2年間でMVP、新人王、ワールドシリーズ制覇、ゴールドグラブ賞を手にした史上唯一の選手。
    【2位】ボビー・ドーア(1937-51)
    【3位】ビリー・グッドマン(1947-57)
    【4位】ジョディ・リード(1987-92)
    【5位】マイク・アンドリュース(1966-70)

    ヤンキース
    【1位】トニー・ラゼリ(1926-37)
    1936年5月24日(現地時間)にア・リーグ記録の1試合11打点。5度のワールドシリーズ制覇を経験。
    【2位】ウィリー・ランドルフ(1976-88)
    【3位】ロビンソン・カノー(2005-13)
    【4位】ジョー・ゴードン(1938-46)
    【5位】ボビー・リチャードソン(1955-66)

    レイズ
    【1位】ベン・ゾブリスト(2006-14)
    オールスター・ゲーム選出2度。内外野の全ポジションを守った2009年はMVP投票8位にランクイン。
    【2位】岩村明憲(2007-09)
    【3位】ローガン・フォーサイス(2014-16)
    【4位】ミゲル・カイロ(1998-2000)
    【5位】ブランドン・ロウ(2018-現在)

    ブルージェイズ
    【1位】ロベルト・アロマー(1991-95)
    在籍5年でオールスター・ゲーム選出5度、ゴールドグラブ賞5度、ワールドシリーズ制覇2度。2011年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】アーロン・ヒル(2005-11)
    【3位】オーランド・ハドソン(2002-05)
    【4位】ダマソ・ガルシア(1980-86)
    【5位】マニュエル・リー(1985-92)

    アメリカン・リーグ中部地区

    ホワイトソックス
    【1位】ネリー・フォックス(1950-63)
    1959年にMVPを受賞。ゴールドグラブ賞3度。1997年にアメリカ野球殿堂入り。背番号「2」は永久欠番。
    【2位】エディ・コリンズ(1915-26)
    【3位】レイ・ダーラム(1995-2002)
    【4位】井口資仁(2005-07)
    【5位】ホルヘ・オルタ(1972-79)

    インディアンス
    【1位】ナップ・ラジョイ(1902-14)
    WAR79.8(Baseball-Reference版)は球団史上最高。2047安打も球団記録。1937年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】ジョー・ゴードン(1947-50)
    【3位】ロベルト・アロマー(1999-2001)
    【4位】ボビー・アビラ(1949-58)
    【5位】ジェイソン・キプニス(2011-19)

    タイガース
    【1位】チャーリー・ゲーリンジャー(1924-42)
    19年間タイガース一筋。通算WAR78.6(FanGraphs版)は二塁手としてメジャー史上5番目の数字。
    【2位】ルー・ウィテカー(1977-95)
    【3位】イアン・キンズラー(2014-17)
    【4位】プラシド・ポランコ(2005-09)
    【5位】ディック・マコーリフ(1960-73)

    ロイヤルズ
    【1位】フランク・ホワイト(1973-90)
    オールスター・ゲーム選出5度、ゴールドグラブ賞8度。背番号「20」はチームの3つの永久欠番のうちの1つ。
    【2位】ウィット・メリフィールド(2016-現在)
    【3位】クッキー・ロハス(1970-77)
    【4位】マーク・グルジラネック(2006-08)
    【5位】ホゼ・オファーマン(1996-98)

    ツインズ
    【1位】ロッド・カルー(1967-78)
    ツインズ在籍時の通算打率.334は球団史上最高。1969年からの10年間で首位打者7度。1991年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】ブライアン・ドージャー(2012-18)
    【3位】チャック・ノブロック(1991-97)
    【4位】スティーブ・ロンバードージ(1985-88)
    【5位】ティム・タフェル(1983-85)

    アメリカン・リーグ西部地区

    アストロズ
    【1位】クレイグ・ビジオ(1988-2007)
    アストロズ一筋20年の殿堂入り二塁手。通算の出場試合、安打、得点、塁打、二塁打、長打の数はいずれも球団記録。
    【2位】ホゼ・アルトゥーベ(2011-現在)
    【3位】ジョー・モーガン(1963-71,80)
    【4位】ビル・ドーラン(1982-90)
    【5位】ジェフ・ケント(2003-04)

    エンゼルス
    【1位】ボビー・グリッチ(1977-86)
    WAR35.1(Baseball-Reference版)は野手では球団史上5番目の数字。ストライキで短縮シーズンの1981年に本塁打王。
    【2位】ハウィー・ケンドリック(2006-14)
    【3位】アダム・ケネディ(2000-06)
    【4位】ボビー・クノップ(1964-69)
    【5位】サンディ・アロマーSr.(1969-74)

    アスレチックス
    【1位】エディ・コリンズ(1906-14,27-30)
    WAR55.9(FanGraphs版)は野手で球団史上3位、二塁手で同1位。1909年からの6年間で打率.345、358盗塁をマーク。
    【2位】マックス・ビショップ(1924-33)
    【3位】マーク・エリス(2002-11)
    【4位】ディック・グリーン(1963-74)
    【5位】ジェッド・ラウリー(2013-14,16-18)

    マリナーズ
    【1位】ブレット・ブーン(1992-93,2001-05)
    2001年に球団史上4位の141打点で打点王。142本塁打、531打点、長打率.479は二塁手による球団記録。
    【2位】ロビンソン・カノー(2014-18)
    【3位】ハロルド・レイノルズ(1983-92)
    【4位】ジョーイ・コーラ(1995-98)
    【5位】フリオ・クルーズ(1977-83)

    レンジャーズ
    【1位】イアン・キンズラー(2006-13)
    1145安打、748得点、249二塁打、23三塁打、156本塁打、539打点はいずれも球団史上10位以内にランクイン。
    【2位】フリオ・フランコ(1989-93)
    【3位】マーク・マクレモア(1995-99)
    【4位】アルフォンゾ・ソリアーノ(2004-05)
    【5位】バンプ・ウィルス(1977-81)

    ナショナル・リーグ東部地区

    ブレーブス
    【1位】マーカス・ジャイルズ(2001-06)
    OPS.809は300試合以上に出場した二塁手のなかで球団史上1位。打率.316、49二塁打の2003年にオールスター・ゲーム選出。
    【2位】トニー・クチネロ(1936-40,42-43)
    【3位】オジー・アルビーズ(2017-現在)
    【4位】フェリックス・ミヤーン(1966-72)
    【5位】グレン・ハバード(1978-87)

    マーリンズ
    【1位】ルイス・カスティーヨ(1996-2005)
    2000年に62盗塁、2003年に48盗塁で盗塁王。2002年に35試合連続安打。オールスター・ゲーム選出3度、ゴールドグラブ賞3度。
    【2位】ダン・アグラ(2006-10)
    【3位】ディー・ゴードン(2015-17)
    【4位】デレク・ディートリック(2013-18)
    【5位】スターリン・カストロ(2018-19)

    メッツ
    【1位】エドガルド・アルフォンゾ(1995-2001)
    得点圏打率.318は球団史上最高。2000年に打率.324、25本塁打、OPS.967の好成績でオールスター・ゲーム選出。
    【2位】ダニエル・マーフィー(2008-15)
    【3位】ウォーリー・バックマン(1980-88)
    【4位】ジェフ・ケント(1992-96)
    【5位】フェリックス・ミヤーン(1973-77)

    フィリーズ
    【1位】チェイス・アトリー(2003-15)
    2004年から2014年までの11年間で記録したWAR62.0(Baseball-Reference版)はメジャー全体で3番目の数字。
    【2位】フアン・サミュエル(1983-89)
    【3位】デーブ・キャッシュ(1974-76)
    【4位】マニー・トリーヨ(1979-82)
    【5位】トニー・テイラー(1960-71,74-76)

    ナショナルズ
    【1位】ホゼ・ビドロ(1997-2006)
    WAR16.5(Baseball-Reference版)は二塁手として球団史上最高。在籍10年間で打率.301を記録したスイッチヒッター。
    【2位】ハウィー・ケンドリック(2017-現在)
    【3位】デライノ・デシールズ(1990-93)
    【4位】ダニエル・マーフィー(2016-18)
    【5位】ダニー・エスピノーザ(2010-16)

    ナショナル・リーグ中部地区

    カブス
    【1位】ライン・サンドバーグ(1982-97)
    不動の正二塁手として活躍。サンドバーグ引退後、カブスでは22年間で13人が開幕戦の二塁手を務めている。
    【2位】ビリー・ハーマン(1931-41)
    【3位】ジョニー・エバース(1902-13)
    【4位】ロジャース・ホーンスビー(1929-32)
    【5位】グレン・ベッカート(1965-73)

    レッズ
    【1位】ジョー・モーガン(1972-79)
    406盗塁は球団史上最多。1975年から2年連続でMVPを受賞。1990年にアメリカ野球殿堂入り。背番号「8」は永久欠番。
    【2位】ブランドン・フィリップス(2006-16)
    【3位】ロニー・フライ(1938-46)
    【4位】ジョニー・テンプル(1952-59,64)
    【5位】ミラー・ハギンス(1904-09)

    ブリュワーズ
    【1位】ジム・ガントナー(1976-92)
    背番号「17」は永久欠番ではないが、ガントナーの引退後、ブリュワーズは「17」をどの選手にも与えていない。
    【2位】リッキー・ウィークス(2003,05-14)
    【3位】フェルナンド・ビーニャ(1995-99)
    【4位】スクーター・ジェネット(2013-16)
    【5位】ロニー・ベリアード(1998-2002)

    パイレーツ
    【1位】ビル・マゼロスキー(1956-72)
    1960年に史上唯一となるワールドシリーズ第7戦(対ヤンキース)でのサヨナラ本塁打。2001年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】クロード・リッチー(1900-06)
    【3位】ジョニー・レイ(1981-87)
    【4位】レニー・ステネット(1971-79)
    【5位】ニール・ウォーカー(2009-15)

    カージナルス
    【1位】ロジャース・ホーンスビー(1915-26,33)
    打率.359は球団史上最高。1922年と1925年に三冠王。1920年から6年連続で打率、出塁率、長打率、OPSがリーグ1位。
    【2位】レッド・シェーンディーンスト(1945-63)
    【3位】フランキー・フリッシュ(1927-37)
    【4位】トム・ハー(1979-88)
    【5位】コルテン・ウォン(2013-現在)

    ナショナル・リーグ西部地区

    ダイヤモンドバックス
    【1位】ケテル・マーテイ(2017-現在)
    昨季大ブレイク。打率.329、32本塁打、92打点、10盗塁、OPS.981の好成績でオールスター・ゲームにファン投票で選出。
    【2位】ジェイ・ベル(1998-2002)
    【3位】オーランド・ハドソン(2006-08)
    【4位】アーロン・ヒル(2011-15)
    【5位】ジーン・セグーラ(2016)

    ロッキーズ
    【1位】DJ・レメイヒュー(2012-18)
    2016年に打率.348で首位打者のタイトルを獲得。オールスター・ゲーム選出2度、ゴールドグラブ賞3度。
    【2位】エリック・ヤングSr.(1993-97)
    【3位】松井稼頭央(2006-07)
    【4位】クリント・バーメス(2003-10)
    【5位】ジェイミー・キャロル(2006-07)

    ドジャース
    【1位】ジャッキー・ロビンソン(1947-56)
    メジャー史上初の黒人選手。人種の壁を破った功績をたたえ、背番号「42」は全球団で永久欠番となっている。
    【2位】デイビー・ロープス(1972-81)
    【3位】ジム・ギリアム(1953-66)
    【4位】スティーブ・サックス(1981-88)
    【5位】ジェフ・ケント(2005-08)

    パドレス
    【1位】マーク・ロレッタ(2003-05)
    在籍3年間で打率.314をマーク。在籍時の打率が3割を超えているのはロレッタとトニー・グウィンの2人だけ。
    【2位】ロベルト・アロマー(1988-90)
    【3位】ビップ・ロバーツ(1986-91,94-95)
    【4位】アラン・ウィギンス(1981-85)
    【5位】キルビオ・ベラス(1997-99)

    ジャイアンツ
    【1位】ジェフ・ケント(1997-2002)
    二塁手として放った351本塁打はメジャー史上最多。2000年に打率.334、33本塁打、125打点でMVPを受賞。
    【2位】ラリー・ドイル(1907-16,18-20)
    【3位】フランキー・フリッシュ(1919-26)
    【4位】ロビー・トンプソン(1986-96)
    【5位】レイ・ダーラム(2003-08)

  • 過小評価の殿堂入り選手 死去したケーラインも選出

    2020.4.8 12:10 Wednesday

     日本時間4月8日、メジャーリーグ公式サイトのアンソニー・カストロビンスは「過小評価されている殿堂入り選手」から選抜チームを作る特集記事を公開した。そのなかには、昨日85歳で亡くなったばかりのアル・ケーラインの名前も含まれている。なお、指名打者と救援投手は殿堂入り選手の数自体が少ないため、今回の企画では対象外となっている。

     タイガース一筋22年のキャリアを過ごし、「ミスター・タイガー」として知られるケーラインは、投票対象となった初年度の1980年に得票率88.3%で殿堂入りを果たしているものの、ほぼ同年代に活躍したウィリー・メイズやミッキー・マントルと比べると地味な選手だった。カストロビンスは「ケーラインが亡くなったことにより、我々は彼の驚異的なキャリアを正しく評価する機会を得た」と述べている。

     ケーラインに地味な印象があるのは、ヤンキースのような華やかな球団ではなくタイガースでプレイしていたことや、MVPを1度も受賞していないことなどが原因だろう。MVP投票では3位以内に3度ランクインしたことがあるものの、そのときケーラインより上の順位にいたのは全てヤンキースの選手だった(1955年はヨギ・ベラ、1956年はマントルとベラ、1963年はエルストン・ハワード)。

     とはいえ、ケーラインは史上最年少首位打者に輝いた20歳のシーズン(1955年)から現役引退まで20年連続で2ケタ本塁打を継続するなど、毎年コンスタントに数字を積み重ね、打率が.272を下回ったのもデビューイヤーの1953年とキャリア最後の2年だけ。通算WAR92.8(Baseball-Reference版)はケン・グリフィーJr.やウェイド・ボッグス、ジョージ・ブレット、チッパー・ジョーンズ、ジョー・ディマジオといったスター選手たちを上回っている。

     通算3007安打、399本塁打、オールスター・ゲーム選出18度、ゴールドグラブ賞10度、1968年ワールドシリーズ制覇という輝かしいキャリアを過ごしながらも、同年代に活躍したスター選手の陰に隠れて語られることが少ないことを踏まえ、カストロビンスは「過小評価されている殿堂入り選手」の選抜チームの右翼手部門にケーラインを選出している。

     なお、カストロビンスが選出した選抜チームの顔ぶれは以下のようになっている。

    先発投手:バート・ブライレブン(通算WAR94.5)
    捕手:ゲーリー・カーター(同70.1)
    一塁手:ジョニー・マイズ(同71.3)
    二塁手:ジャッキー・ロビンソン(同61.7)
    三塁手:エディ・マシューズ(同96.2)
    遊撃手:アーキー・ボーン(同78.0)
    左翼手:ティム・レインズ(同69.4)
    中堅手:ラリー・ドビー(同49.3)
    右翼手:アル・ケーライン(同92.8)
    ※ロビンソンはメジャー初、ドビーはア・リーグ初の黒人選手

  • アリゾナでのシーズン開幕案についてMLBが公式声明を発表

    2020.4.8 11:10 Wednesday

     「30球団をアリゾナに集めて早ければ5月中にも2020年のレギュラーシーズンが開幕する可能性がある」と各メディアが報じるなか、メジャーリーグ機構は日本時間4月8日、公式の声明文を発表して「決定はしておらず、詳細なプランにも発展していない」と一部での開幕楽観論を牽制した。新型コロナウイルスの感染は依然としてアメリカ国内で拡大を続けており、メジャーリーグ機構は「従業員や選手、ファン、そして社会全体の健康と安全が最重要である」と強調している。

     メジャーリーグ機構は「社会全体の健康状況が改善し、レギュラーシーズンを安全に開始できるという判断になった際にスタートできるよう、現在も多くのプランを検討している」ことを明らかにし、すでに各メディアが報じている通り、「1つの場所で試合を開催することも選択肢の1つとして議論している」とした。しかし、このアリゾナ開催のプランについては「決定はしておらず、詳細なプランにも発展していない」と述べており、現時点ではあくまでも選択肢の1つに過ぎないようだ。

     また、メジャーリーグ機構は、政府や公的な保健機関と定期的に連絡を取り合っているものの、「いずれのプランについても国家や州、地方の機関や選手会からの認可は得ておらず、現時点では認可を求める動きもしていない」ことを明言。あくまでも「従業員や選手、ファン、そして社会全体の健康と安全が最重要である」ことを強調した。そして、「新型コロナウイルスにより社会全体の健康状況が急速に変化するなか、現時点では、試合の開催について特定のフォーマットを支持する準備は整っていない」と慎重な姿勢を示した。

     「必要な対策を講じたうえで、早ければ5月にもキャンプを再開してレギュラーシーズンがスタートする可能性がある」と各メディアが報じたため、2020年のレギュラーシーズン開幕に向けて楽観論が広がりつつあったが、今回の公式声明文はそれを牽制するものであると言えそうだ。

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