MLBの「リプレー・レビュー・ルーム」では何が行われているのか
2025.7.18 12:03 Friday
よく親戚や友人との集まりで、野球に関する様々な質問をされることがあるが、妻のいとこの義父からの質問には完全に面食らった。
どういうわけか、そのときの話題はMLBの「リプレー・レビュー・ルーム」についてだった。
「そこには何人の審判がいるのか?」
わからない。
「審判は15試合すべてを同時に見ているのか?」
わからない。
「同時に2つのリプレーが起きたらどうなるのか?」.
わからない。
わからないのも無理はない。というのも、MLB本部の「Zoom Replay Operations Center」には何度も足を運んだことがあるが、試合が行われている最中に立ち会ったことは1度もなかったからだ。私が知っている限りでは、試合中にそこに足を踏み入れた記者は1人もいないはずである。
よって、このトピックは検証する価値がある。というわけで、実際の試合中の様子を確かめるべく、5月19日の月曜日、「MLBネットワーク」の撮影班とともにリプレー・ルームに入り、クルーチーフのジェームス・ホイ審判員に密着することに成功した。
その密着で得た学びを通して、今回の記事では10個の質問に答えていく。次回の家族の集まりが楽しみだ。
【1】リプレーを担当する審判員のシフトはどうなっているのか?
MLBの全審判員はシーズン中に1週間のリプレー・ルーム勤務を2~3回担当し、合計すると年間でおおよそ14〜21日となる。基本的には月曜から日曜までのシフトだが、月曜や木曜など試合数が少ない日には休みになることもある。
審判員のシフトは同時に進行する2試合を担当する形になっている。リプレー・ルームには常時2組の4人編成で審判団が配置され、15試合のスケジュールを網羅できる体制が整えられている。
取材当日の夜、ホイ審判員はレッズ対パイレーツと、カブス対マーリンズの2試合を担当。どちらもアメリカ東部時間で18時40分に開始された。各審判員の持ち場の前には大型モニターがあり、2試合を同時に視聴できるようになっている。
精神的な疲労を避けるため、たとえばアメリカ東部時間19時開始の試合と同22時開始の試合を続けて担当することはない。担当の試合が終了した時点でその審判員のシフトは完了する。
審判員たちはこのシフトを現場での過酷な職務から一息つける機会として歓迎している。
「私が所属するクルーは、直前に25日間で1日しか休みがなかった。だから、ここに来るのを楽しみにしていた。フィールドを離れてリフレッシュできるし、身体的にも精神的にも回復できるからね」とホイ審判員は語った。
【2】ポストシーズンはどうなるのか?
ポストシーズンの試合では、各試合に2人のリプレー審判員が割り当てられる。1人は「リード」というメインの担当で、もう1人が補助(アシスト)である。
【3】審判員はどれくらいの数のリプレー映像を確認できるのか?
リプレー・センターでは、MLBが提供するスタジアムの高所からのホームカメラ1台と、バッターカメラ2台が使われている。それに加えて、ホームとビジターの中継映像から得られる最大4台のスーパー・スローモーションカメラと、17台の独立カメラ(特定の選手専用のカメラ)の映像が活用される。
高所のホームカメラは、判定の変更が必要な際に走者の位置を間違えないために主に用いられるが、それ以外の大半の映像は放送局のクルーから提供されるものである。「ニューヨークにはこちらにない角度の映像がある」と中継などでよく耳にすることがあるが、それはMLB独自の映像ではなく、ほかの放送局から提供された映像を指している。
【4】審判員以外にその部屋には誰がいるのか?
この部屋には、明確に定義された役割を持つ多くの人員が配置されている。主な内訳は以下の通りである:
• 審判員
• オペレーター(審判員ではないが、同じ試合を見て共同作業を行う)
• 監督審判員 (すべての検証が適切に進んでいるかを確認する)
• 技術ディレクター(チャレンジが発生すると、審判員や監督審判員と並び、必要なすべての映像を技術チームから受け取る)
• 技術スタッフ
• キャプテン(ヘッドセットで技術スタッフと連携し、利用可能なすべての映像を把握してオペレーターに伝達する)
さらに、レビュー時間、プレーの種類、適用されたルール、使用した決定的映像など、100項目近いデータを記録・収集する管理部門も存在する。これらの情報はメディアやSNSなどに提供され、透明性を確保する役割を担っている。
また、部屋の奥には技術的な不具合が発生した際に即対応できるよう、エンジニアや技術担当者のオフィスがある。
よって、部屋にいる人数が30人を超えることも珍しくない。
リプレー・オペレーション・センターには16人の常勤スタッフと約50人の短期スタッフが所属しており、MLB球団の多くが、ここで経験を積んだ人材を球団のリプレー担当者として採用している。
【5】チャレンジが発生した際、部屋では何が起こるのか?
チームが正式にチャレンジを申請する前から、リプレー・ルームではすでに動きが始まっている。
際どいプレーが発生すると、オペレーターが部屋全体に男性の自動音声によるアラートを送る。この時点で監督審判員、技術ディレクター、そしてほかの審判員(自身の試合でリプレー検証中でない者)がその場所に集まり、オペレーターは放送映像を巻き戻して、再検証できるよう準備する。
取材時に観察した限りでは、こうした際どいプレーの多くは実際にはチャレンジされない。実際、ホイ審判員は自身の経験にもとづき、プレーがチャレンジされないことを察して、監督審判員やほかの審判員が到着する前に手振りで撤退を指示した場面も複数あった。
だが、実際にチャレンジが発生した場合、オペレーターによって、今度は女性の自動音声で通知が届けられる。これにより部屋全体がチャレンジが行われたことを理解し、左右の壁に設置されたタイマーでレビュー時間の計測が開始される。
現場の審判団から連絡が入るまでに、検証担当の審判員がすでにプレーを何度も見直して、判定の方向性をほぼ固めていることも少なくない。たとえば、ホイ審判員が担当したパイレーツのキブライアン・ヘイズが一塁でセーフと判定されたプレーでは、現場のクルーチーフからヘッドセット越しに連絡がきた時点で、ホイ審判員はすでに映像を複数回確認しており、投手のニック・ロドロが一塁手のスペンサー・スティアーからの送球を受け、打者走者のヘイズより先にベースを踏んでいたことは明らかだった。
ホイ審判員は判定をわずか5秒で覆した。
【6】チャレンジはどれくらいの頻度で起こり、どれくらいの時間がかかるのか?
7月初旬までの時点で、1試合あたり平均0.59件のリプレー・レビューが行われている。つまり、リプレー担当の審判員はシフト中に平均して1~2件のチャレンジに対応していることになる(われわれが観察したシフトでは、ホイ審判員は2件のチャレンジを担当し、いずれも判定が覆った)。
今季のリプレー・レビューの平均所要時間は1分26秒である。
参考までに、今季のチャレンジおよびクルーチーフによるレビューのうち、49.5%が「confirmed」(判定が正しいことが確認された)もしくは「stands」(判定を覆すに十分な映像証拠がなかった)となり、50.2%はフィールド上の判定が覆された。なお、残りの0.3%はルールの確認や記録のチェックなど、判定と無関係なものである。
【7】プレーを確認している審判員はほかの審判員と協議できるのか?
答えは「YES」で、頻繁に行われている。ほかの審判員たちはチャレンジされたプレーを担当する審判員の持ち場の近くに集まり、必要に応じてアドバイスを送る。
たとえば、リプレー担当の審判員に対して、監督審判員が「今見ているものを説明してくれ」と言う。すると、その審判員は「ランナーの足が塁に触れる前にタッチされたように見える」といった説明をし、ほかの審判員たちとその認識が一致しているか確認したうえで、最終的な判定を現場のクルーチーフに伝える。
【8】同時に2つのチャレンジが発生した場合は?
別々のステーションで2件のチャレンジが発生した場合は、それぞれ別のチームが対応するため、比較的スムーズに処理される。監督審判員や技術ディレクターも、一方のステーションからもう一方へ移動する時間的余裕がある(しばしば、一方の判定のほうが簡単なケースもある)。
1人の審判員が担当している2試合のうち1試合でリプレーが発生した場合、もう一方の試合は一時的に別の審判員が引き継ぐ。そのため、その審判員は一時的に3試合を担当することになる。もし、1人の審判員が担当する2試合の両方でほぼ同時にチャレンジが発生した場合は、もう1人の審判員がどちらか一方のチャレンジを処理することになる。
【9】フィールド上の審判団がリプレー判定に口出しすることはあるのか?
いいえ。フィールド上のクルーチーフがチャレンジ内容をリプレー担当の審判員に伝えたあと、リプレー担当の審判員はプレーを分析する間、ヘッドセットをミュートにしており、最終判断を下すまで再びオンにすることはない。
【10】「同時」の場合はランナーが優先されるのか?
実際に「同時」は存在する。ただし、それを確認し、フィールド上の判定を維持するか覆すかを判断するのはリプレー担当の審判員の役割である。レビューによって間違いなく「同時」であると判断された場合、その判定(セーフであれアウトであれ)はフィールド上の審判員による当初の判定のまま維持される。