ヤンキースの元主将、ドン・マティングリーが自身初のワールドシリーズへ
2025.10.22 08:48 Wednesday
長い年月を経て、ついにその瞬間が訪れた。
選手、コーチ、監督として40シーズン以上、通算5231試合に関わってきたドン・マティングリーが自身初となるワールドシリーズに進出した。
現在ブルージェイズのベンチコーチを務めるマティングリーは、リーグ優勝が決まってから約12時間後の21日(日本時間22日)、MLB.comの取材に応じ、「ワールドシリーズまで辿り着くことができて最高の気分だ。いいプレーができるような気がしているよ」と語った。
「(ヤンキース時代の同僚である)ポール・オニールは、ワールドシリーズまで辿り着いたら、そこからが楽しいんだと言っていた。そこに辿り着くまでの戦いは本当に緊張感がある。だから、もちろん(ワールドシリーズを)楽しむよ。本当に楽しみだ」
一晩中、お祝いが続いた翌日だったため、マティングリーの声は少し疲れているように聞こえた。しかし、長きにわたって、時には残酷、時には皮肉な形で逃し続けてきたワールドシリーズの舞台にようやく辿り着いたという充実感も反映していた。
ヤンキースの元主将であるマティングリーは、ヤンキースの歴史上、ワールドシリーズ出場経験がない最高の選手だった。1979年、ヤンキースが22度目のワールドシリーズ制覇を成し遂げた翌年にドラフト指名を受け、1982年、ヤンキースがワールドシリーズでドジャースに敗れた翌年にメジャーデビュー。ヤンキース一筋のキャリアを過ごし、1995年に引退したが、5年間で4度のワールドシリーズ制覇を成し遂げる黄金期がスタートしたのは、その翌年だった。マティングリーがヤンキースでプレーした14年間でポストシーズンに進出したのは1995年の1度だけ。地区シリーズで敗退し、マティングリーは選手としてワールドシリーズの舞台に立つことはできなかった。
2004年、マティングリーはコーチとしてヤンキースに復帰。ところが、その年のヤンキースはリーグ優勝決定シリーズでレッドソックスを相手に初戦から3連勝したにもかかわらず、そこから4連敗を喫し、マティングリーはまたもワールドシリーズに進めなかった。第7戦に敗れ、敗退が決まったあと、ジョー・トーレ監督が真っ先に口にしたのは、マティングリーをワールドシリーズの舞台に連れていけなかったことへの失望だった。
しかし、こうした経験があったからこそ、初の大舞台への道のりは、これほどまでに魔法のようだった。ここに至るまでのブルージェイズの道のりは、マティングリー自身の勝利であり、苦悩だったのだ。
まず、ブルージェイズはヤンキースを僅差で破り、地区優勝を成し遂げた。地区シリーズでは再びヤンキースと対戦し、3勝1敗で勝利。マティングリーが現在でも尊敬されている場所、ブロンクスでシリーズ突破を決めた。
その後、マリナーズとのリーグ優勝決定シリーズに突入。マリナーズはマティングリーの現役ラストイヤー、1995年の地区シリーズで第5戦までもつれた熱戦の末にヤンキースを倒したチームだ。ブルージェイズは4勝3敗で勝利し、32年ぶりのワールドシリーズ進出を決めた。
そして、ワールドシリーズではドジャースと対戦する。マティングリーはかつてドジャースで10年近くコーチと監督を務め、デーブ・ロバーツと交代した。ロバーツはマティングリーがヤンキースでコーチを務めていた2004年に0勝3敗からの大逆転劇のきっかけとなる伝説の盗塁を決めた人物だ。
「言われるまで気付かなかったよ」とマティングリーは笑ったが、こうした奇跡的なつながりを経て、ついに自身初の大舞台に辿り着いた。
マティングリーとともに7年間を過ごしたトーレは、マティングリーの喜びをよく理解している。トーレ自身も1996年に初のワールドシリーズを経験するまで、4284試合も待たなければならなかったからだ。
トーレは「まるで他人がホットファッジサンデーを食べているのを見ているみたいだ、といつも言っていた。彼がこれを味わえるのは本当に嬉しいよ。ドニー(=マティングリーの愛称)は球界に多大なる貢献をしてきた。コーチとして、彼は常に素晴らしい指導者であり、それが(今季のブルージェイズにも)よく表れている」と語った。
マティングリーにとって、今年の10月はあらゆる種類の「幽霊」を追い払うチャンスとなるが、その中でも最もよかったのは、ワールドシリーズ初出場までの道のりを家族と分かち合うことができたことだろう。
1995年、マティングリーが現役引退を決断したのは、家族への愛を優先したからだった。背中の負傷により、かつて堂々としていた左打席からのスイングで発揮されるパワーが失われていたのは確かだが、家族が待つ自宅に戻りたいという気持ちが、チャンピオンリングを獲得したい、アメリカ野球殿堂入りのチャンスをつかみたい、という思いを上回ったのだ。
マティングリーは2022年、MLBネットワークが制作した自身の人生に関するドキュメンタリー番組の中で、最初の妻キムとの間に生まれた3人の息子、プレストン、テイラー、ジョーダンについて「もしあと3~4年プレーしていたら、ワールドシリーズ優勝メンバーの一員になれていたかもしれない。でも息子たちと引き換えにはできない。父親のいない環境で育ってほしくなかったんだ。難しい決断だったけれどね」と語っている。
3人の息子たちはみんな成長し、遠くから見守りながらもマティングリーが勝ち進むたびにテキストメッセージを送って祝福した。しかし、2人目の妻ローリとの間に生まれた10歳の息子、ルーイとは違う形でこの道のりを共有している。64歳のマティングリーにとって、ルーイが自身の目でこの道のりを見てくれたことが何より嬉しいのだ。
「本当に素晴らしいことだ。彼は負けた試合を本当に辛く受け止めてくれた。ヤンキース戦で逆転負けした試合だったと思う。彼は落ち込み、傷ついていた。でも、これは人生と同じなんだと教えるいい機会になった。何かを強く求めて、必死に戦っても、手に入らないことがある。辛いけれど、また立ち上がって、もう1度頑張らないといけない」とマティングリーは愛する息子について語った。
今年のリーグ優勝決定シリーズでは、ブルージェイズは第3戦と第4戦に勝利し、シリーズを2勝2敗のタイに戻したものの、重要な第5戦に敗れた。
「試合が終わって彼のところに行くと、彼は『第6戦と第7戦があるって知ってる?』と言ったんだ」とマティングリーは笑う。
小学生の親や小学校の先生なら、マティングリーが何を言いたいのかわかるだろう。
「彼は私に第6戦と第7戦があることを教えてくれたんだ。『第7戦まで戦って勝とう!まだ第6戦と第7戦があるよ、パパ!』とね」と回想した。
「第6戦に勝ったあと、私は家族が待つ部屋に歩いていった。彼は1人で端に座っていたよ。私の姿を見つけて、すぐに駆け寄ってきた。彼がどれだけ試合に集中してくれているか、家族がどれだけ試合を大切にしてくれているか、改めて実感したんだ」
マティングリーは球界で最も人気があり、最も愛されている人物の1人だ。だからこそ、ほとんどすべての人々がマティングリーを応援しているように見える。
ブルージェイズのジョン・シュナイダー監督は子供のころ、壁にマティングリーのポスターを貼っていたという。
シュナイダー監督は「ニュージャージーで育った私にとって、ドニーと一緒にワールドシリーズに出場できるのはとても嬉しい」と語った。
マティングリーはブルージェイズの選手たちが適切なタイミングで一致団結し、チームワークを築き、最高の舞台まで辿り着く姿を見て楽しんでいる。
「彼らはとにかく楽しいグループなんだ。映画の『サンドロット』を見ているような感覚だね。真剣にプレーしているけれど、楽しんでやっているのも伝わってくる。それを数値化することはできないけれど、全員が一致団結すると、いつもとは違うエネルギーが生まれるんだ。そういうものだよ。実際にやってみれば、体験できると思う」
24日(同25日)から始まるワールドシリーズではドジャースと対戦する。マティングリーにとって、野球人生における「最後の悪魔」を払いのけるチャンスとなるが、マティングリー自身はそのようには考えたくないようだ。
「いい関係のままロサンゼルスを去ることができたから、『あそこで過ごした時間は楽しかった』という気持ち以外はない。そういう場所で戦えるのは嬉しいね」とマティングリー。自身初の大舞台がいよいよ幕を開ける。