資金力に乏しい球団が若手と高額な延長契約を結ぶ理由
2025.12.26 16:48 Friday
アメリカではクリスマス休暇真っ只中の25日(日本時間26日)、アスレチックスが外野手タイラー・ソダーストロムと契約延長に合意したとの報道が出た。契約額は7年8600万ドル(約133億3000万円)で、8年目の球団オプション(球団に契約延長権)が行使されれば最大で1億3100万ドル(約203億1000万円)となる大型契約だ。
アスレチックスはベストセラーとなった「マネー・ボール」でも知られるように、決して資金が潤沢な球団ではない。2025年のチーム総年俸も30球団の中で26位。ソダーストロムとの契約は球団史上最高額で、30球団の中で未だに1億ドル以上を保証する契約を結んだことがない2球団の内の一つだ(もう1球団はホワイトソックス)。大谷翔平やフアン・ソトが7億ドル(約1093億円)を超える契約を結ぶなど、選手の年俸が右肩上がりのMLBでは時代に取り残されている球団とも言える。
しかし、アスレチックスは球界の中でも最も固かったその財布の紐を徐々に緩めている。昨オフは先発投手ルイス・セベリーノと3年6700万ドル(約109億円)の当時の球団史上最高額契約を結び、指名打者ブレント・ルーカーとは5年6000万ドル(約93億円)、外野手ローレンス・バトラーとは7年6550万ドル(約102億円)で契約を延長。
これは、アスレチックスが2028年に控えるラスベガス移転を見据えた動きと考えられている。2025年から2027年まではサクラメントの仮本拠地でプレーすることになるが、その間に成長著しい若手野手を長期契約で固め、優勝を争えるチームとして新天地へと乗り込む計画だ。
ただ、こうしたFA前の選手との延長契約は、特殊な事情を抱えるアスレチックスだけが行っていることではない。今や多くの球団がFA前に選手との契約延長を目指している。
2023年以降、選手が年俸調停権を獲得する前に結ばれた延長契約は実に27例を数える。
主な調停期間前の延長契約(2023年以降)
◯ボビー・ウィットJr.(ロイヤルズ)、11年2億8777万ドル(約449億円)
◯フリオ・ロドリゲス(マリナーズ)、12年2億930万ドル(約327億円)
◯ジャクソン・メリル(パドレス)、9年1億3500万ドル(約210億円)
◯ローマン・アンソニー(レッドソックス)、8年1億3000万ドル(約203億円)
◯コービン・キャロル(ダイヤモンドバックス)、8年1億1100万ドル(約173億円)
◯アンドレス・ヒメネス(当時ガーディアンズ)、7年1億650万ドル(約166億円)
◯タイラー・ソダーストロム(アスレチックス)、7年8600万ドル(約133億円)
◯ジャクソン・チョーリオ(ブルワーズ)、8年8200万ドル(約128億円)
同期間に結ばれた大型の延長契約を契約総額順に並べた。ここで注目すべきは、高額な延長契約を結んだ球団が必ずしも資金力潤沢な球団ではないということだ。ロイヤルズ、ガーディアンズ、アスレチックス、ブルワーズはMLBの総年俸ランキングの下位常連で、マリナーズとダイヤモンドバックスも決してビッグマーケット(いわゆる金満球団)に数えられるチームではない。
同期間に起きた27例の延長契約のうち、その期間にぜいたく税を超過したことのある球団による契約は9例に過ぎない。残りの18例は資金力が潤沢でない球団が結んだ契約であり、14例はその期間に総年俸が球界下位10位に入ったことがある球団によるものだ。
なぜ資金力が潤沢ではない球団が、若手選手との調停期間前に決して安くはない延長契約を結ぼうと躍起なのだろうか。
そもそも、現行のMLBのルールでは球団側はデビューから6年間まで、選手を安価で保有できる。基本的に、選手はデビューからサービスタイム(26人のアクティブロースターまたは負傷者リストに172日間登録されることで1シーズン分にカウントされる)が3年分に達するまで、100万ドル(約1億5600万円)に満たない最低保証年俸で雇用される。そしてようやくサービスタイムが3年分に達すると、今度は実績に応じて年俸が上がる調停期間が始まる。調停権を得ることで年俸は上昇するとはいえ、その昇給幅は抑制されたものだ。2年連続でサイ・ヤング賞に輝いたタリック・スクーバル(タイガース)も、調停1年目の2024年は265万ドル(約4億円)、サイ・ヤング賞受賞後の今季も1015万ドル(約15億円)しか年俸が伸びていない。スクーバルが来季終了後にFAになれば、調停期間中の年俸を合計した額を1年で得られるような契約を結ぶだろう。
つまり、球団は黙っていても優秀な選手を6年にわたって安価に保有できる。上記のような調停期間前の延長契約は、わざわざ安価で雇える期間を割高で買い取る形式の契約だ。
また、ウィットJr.やフリオのように明らかな成功を収めている契約がある一方で、若手との契約はハイリスクだ。選手が思うように成長しない、あるいはケガのリスクもあって、調停期間前の1、2年間の実績だけで延長契約を結ぶのはリスクが伴う。
例えば、ナショナルズは、2023年から当時23歳の捕手キーバート・ルイーズと8年5000万ドル(約78億円)の契約を結んだが、この契約は失敗に終わった。ルイーズは契約延長後、331試合に出場してOPS.656、また捕手守備も成長の兆しが見られず、総合指標fWARでは3シーズン合計で-1.8を記録している。また、ガーディアンズは救援右腕トレバー・ステファンと4年1000万ドル(約15億円)で契約延長したが、ステファンは契約1年目に71登板で防御率4.09と成績を落とし、それ以降はケガもあって1登板もしていない。
実績に乏しく、リスキーな若手選手に対し、予算に限りのある球団があえて大金を保証する理由は、「ハイリスク」な調停期間前の延長契約に球団が賭けるだけの「ハイリターン」があるためだ。そのリターンとは、本来であれば選手がFAとなる期間を安く買い取れることだ。
その格好の例と言えるのが、2018年のナ・リーグ新人王を争ったロナルド・アクーニャJr.(ブレーブス)とフアン・ソト(当時ナショナルズ)の対比だろう。共に20歳以下で鮮烈なデビューを飾り、若くして多くの個人タイトルを獲得した2人だが、その年俸の差は歴然だ。
アクーニャJr.は、2018年にソトを差し置いて新人王を獲得し、2年目の2019年4月に8年1億ドル(約156億円)の契約を結んだ。本来であれば2024年オフにフリーエージェント(FA)となる予定だったが、FAの期間を2年買い取られ、さらに2027-28年も1700万ドル(約26億円)の格安の球団オプションが控えている。本来であればFAとなっていた2025年からの契約は、行使確実な球団オプションも含めれば、実質4年6800万ドル(約106億円)に過ぎない。
一方のソトはナショナルズとの契約延長交渉が頓挫し、2024年終了後にFAとなった。FA市場に出たソトは、15年7億6500万ドル(約1195億円)の史上最高額契約を締結。契約初年度の2025年だけで、アクーニャJr.の4年分に匹敵する6227万5000ドル(約97億円)の年俸を得た。実績は遜色ない2人だが、稼ぎの面では今のところ明暗が分かれている。
ここに資金力が潤沢ではない球団でも、スター候補の若手に対してリスクを冒してでも、大型契約をオファーする理由がある。
ソトの例から明らかなように、一度FA市場に出てしまえば、メッツのような資金力で上回る球団たちとのオークションに参加せざるを得ない。資金力が潤沢ではない球団にとっては、そのオークションは到底勝ち目がない。また、仮に全てを投げ売ってスター選手を競り落としても、その選手の年俸に圧迫されて他に補強の手が回らないようでは本末転倒だ。
そして、調停期間前に結ぶ延長契約では、その選手の「美味しい部分」だけを得られる可能性も高い。FA市場ではスター選手は終身雇用に近い長期契約を要求する。30代後半まで及ぶ契約は、選手の加齢によるパフォーマンス低下の可能性が拭えず、不良債権化するリスクが大きい。しかし、調停期間前に延長契約を結べば、アクーニャJr.のように衰えのリスクが低く、選手として最も脂の乗った時期と言えるFA後、30歳前後の数年間を確保できる。
もちろん、選手はただ球団にとってメリットがあるだけの契約に応じるわけではない。FAまでの6年間は長く、その間に値崩れする可能性は大いにある。選手として伸び悩むリスク、ケガに苦しむリスクを回避して大金を保証されることは、FA後の数年間を差し出すだけの価値がある。実際、アクーニャJr.は2021年と2024年に両膝の前十字靭帯(ACL)を断裂する大ケガに見舞われた。アクーニャJr.は2度とも復帰後に大活躍しており、結果的に契約は割安に映るが、大ケガに苦しむ中でも安定した契約が保証されていたのはプラスに働いたと言える。
だからこそ、FA市場では金満球団に敵わないような球団にとっては、調停前はスター選手を球団に長く留めるラストチャンスと言える。選手が値崩れするリスクを負うことで、FAになってからでは手が届かない格の選手のFA後の数年間を手に入れられる。
また、球団側が負う金銭的なリスクは、決して致命的なものではない。調停期間前に結ぶ延長契約のAAV(ぜいたく税計算に用いられる契約額の年平均)はせいぜい1000万ドル前後。もちろんその選手が値崩れを起こし、そのまま6年後にFAとなる(あるいは調停期間中にノンテンダーする)場合と比べれば割高なのは間違いない。しかし、FA市場で大型契約を結び、AAVが2000万から3000万ドルに上るスター選手と契約して失敗するより、はるかに金銭的リスクは小さい。
よって、調停期間前の延長契約は、資金力が潤沢ではない球団にとっては大きなチャンスなのだ。球団は若手選手が値崩れするリスクを負い、大金を保証することでFA後の数年間という大きなリターンを得ることができる。その“賭け”に勝利したロイヤルズがウィットJr.を中心に、ダイヤモンドバックスがキャロルを中心に競争力のあるチームを維持しているのは、まさにその好例だ。今回、ソダーストロムと延長契約を結び、ルーカーやバトラーも固めたアスレチックスも、そうした球団に続けるだろうか。
