English Español 韓国語
  • 先頭打者アーチが最多の選手は? イチローは37本で8位

    2020.4.11 11:00 Saturday

     リードオフマンの仕事は出塁してチャンスを作ることだが、ひと振りでチームに得点をもたらすこともできる。1999年にメジャー全体の先頭打者アーチの本数が初めて3ケタ(ちょうど100本)になったが、近年は本塁打増加の波に乗って先頭打者アーチも増加傾向にあり、直近4シーズンが歴代1位から4位までを独占している(歴代最多は昨年の193本)。メジャーリーグ公式サイトのジェイソン・カターニアは、通算での先頭打者アーチの本数が多い選手を特集する記事を公開。なお、本数のカウント対象はレギュラーシーズンの試合のみとなっている。

     歴代断トツとなる81本もの先頭打者アーチを放ったのは、「世界の盗塁王」として知られるリッキー・ヘンダーソンだ。自己最多タイの28本塁打を放った1986年には9本の先頭打者アーチを放っている。ヘンダーソンの特徴は、キャリアを通してリードオフマンを務めたことであり、通算13346打席に立っているにも関わらず、1番以外の打順は全て通算100打席未満(次点は9番の81打席)。また、メジャー初本塁打と最終本塁打も先頭打者アーチであり、20歳から44歳まで25年連続で1本以上の先頭打者アーチを記録した。

     2位には日本プロ野球の広島東洋カープでもプレイ経験があるアルフォンゾ・ソリアーノが54本でランクイン。2003年に記録した13本の先頭打者アーチはメジャー記録となっており、2006年に9本、2007年にも12本を放っている。ちなみに、通算412本塁打は先頭打者アーチの通算本数トップ10に名を連ねている選手のなかで最多の数字である。

     3位はクレイグ・ビジオの53本、4位は昨季限りで現役を引退したイアン・キンズラーの48本、5位は同じく昨季限りで引退したカーティス・グランダーソンの47本、6位はジミー・ロリンズの46本となっており、7位にはブレイディ・アンダーソンが登場。アンダーソンは1996年に50本塁打と突如爆発し、同年4月には4試合連続先頭打者アーチのメジャー記録を樹立。1999年と2000年には2年連続で7本の先頭打者アーチを放ち、通算44本を記録した。

     そして、8位にはイチローが37本でランクイン。キンズラー、グランダーソンとともに昨季が現役ラストイヤーとなったイチローは、シーズン本数では2002年と2005年の5本が最多だが、これは現在もマリナーズの球団記録となっている。もちろん通算37本も球団記録であり、その他の選手は5本以下という状況だ。

     現役選手では、チャーリー・ブラックモン(ロッキーズ)とジョージ・スプリンガー(アストロズ)がともに36本で9位タイ。ブラックモンは、2016年に球団記録となる10本を放ち、2015年、2017年、2019年にも各6本を記録。スプリンガーは昨年12本でソリアーノのメジャー記録に迫り、2016年に8本、2017年に9本を放つなど、ハイペースで先頭打者アーチを量産している。

  • 1999年ア・リーグMVPの再投票 MLB公式サイトが特集

    2020.4.10 13:40 Friday

     日本時間4月10日、メジャーリーグ公式サイトのマーク・フェインサンドは、1999年のアメリカン・リーグのMVP投票を現在の価値基準でやり直す特集記事を公開した。実際の投票では「パッジ」の愛称で親しまれた名捕手イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)が投手三冠を達成したペドロ・マルティネス(レッドソックス)をわずか13ポイント差でかわしてMVPを受賞。ただし、1位票を最も多く獲得したのはマルティネスだった。

     この年のマルティネスは、213回1/3を投げて四球を37個しか与えず、23勝4敗、防御率2.07、313奪三振という驚異的な好成績をマーク。当然のように満票でサイ・ヤング賞を受賞したが、MVP投票では2人の記者がマルティネスの名前を投票用紙に記入せず、打率.332、35本塁打、113打点、25盗塁、OPS.914をマークしたロドリゲスがMVPに選出された。

     マルティネスに投票しなかった2人のうち1人は投手よりも野手を優先したことを明言しており、もう1人はマルティネスの同僚であるノマー・ガルシアパーラをマルティネスより高く評価した(ガルシアパーラのWARはロドリゲスを上回っていたが、マルティネスより低かった)。実際の投票結果のトップ5は以下の通り。

    1位 イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)
    2位 ペドロ・マルティネス(レッドソックス)
    3位タイ ロベルト・アロマー(インディアンス)
    3位タイ マニー・ラミレス(インディアンス)
    5位 ラファエル・パルメイロ(レンジャーズ)

     そして、今回の企画にあたってメジャーリーグ公式サイトのライター16人が現在の価値基準で改めて投票した結果が以下の通りである。

    1位 ペドロ・マルティネス(レッドソックス)
    2位 マニー・ラミレス(インディアンス)
    3位 デレク・ジーター(ヤンキース)
    4位 イバン・ロドリゲス(レンジャーズ)
    5位 ロベルト・アロマー(インディアンス)

     1999年は、いわゆる「ステロイド時代」で打高投低の傾向があり、実際のMVP投票で15位以内にランクインした野手13人全員が100打点とOPS.900のラインをクリア。13人中9人が30本塁打以上を記録していた。そのような時代にマルティネスは支配的なピッチングを見せ、23勝、防御率2.07、313奪三振はいずれも断トツの数字。ちなみに各部門のリーグ2位の数字は、18勝、防御率3.44、200奪三振だった。

     ロドリゲスの打撃成績は確かに素晴らしかったが、打率はリーグ7位、本塁打は同11位、打点は同14位、OPSは同19位に過ぎない。盗塁阻止率54.7%を記録するなど、捕手としても見事な働きを見せたが、マルティネスの支配的なピッチングを上回るほどのパフォーマンスであったかどうかは意見の分かれるところだ。

     再投票の結果、16人分の1位票はマルティネス13、ラミレス2、アロマー1と3人に分かれた。ラミレスは147試合で165打点を叩き出し、アロマーも打率.323、24本塁打、120打点、37盗塁、OPS.955という素晴らしい活躍を見せた。また、打率.349をマークしたジーターも実際の6位から再投票では3位へと順位を上げている。

     投手にはサイ・ヤング賞があるため、MVP受賞のハードルは野手よりも高く設定されていると言われる。実際、1986年にロジャー・クレメンス(レッドソックス)がMVPを受賞して以降、MVPに選出された投手は2011年のジャスティン・バーランダー(タイガース)と2014年のクレイトン・カーショウ(ドジャース)の2人だけである。

     1999年のマルティネスが見せた支配的なピッチングは、MVP受賞に相応しいものであったと言えるだろう。それは16人のライターによる再投票の結果が物語っている。しかし、ロドリゲスが捕手として攻守両面で見せたパフォーマンスも素晴らしく、必ずしも当時の記者たちによる投票結果が間違っていたとは言えないのではないだろうか。

  • 球界の歴史を変えたフローレスの涙 MLB公式サイトが特集

    2020.4.10 11:40 Friday

     メジャーリーグ公式サイトのアンソニー・カストロビンスは、関係者の証言を基にしながら2015年7月末のトレード・デッドラインにおけるウィルマー・フローレスのトレード騒動に関わる動きを振り返る特集記事を公開した。メッツからブリュワーズへ移籍することが決定的となり、グラウンドで涙を流したフローレス。結局フローレスはメッツにとどまることになったが、結果的にはこのフローレスの涙が球界の歴史を変えることになった。

     カストロビンスの特集記事によると、ナショナル・リーグ東部地区において1ゲーム差で首位ナショナルズを追っていたメッツは、外野手、特に中堅手の補強を目指しており、ブリュワーズのカルロス・ゴメスに目を付けた。

     ブリュワーズとの交渉の結果、メッツはゴメス獲得の対価としてフローレスとザック・ウィーラーの2選手を放出することを決断。「もしワールドシリーズへ進出して世界一になれなかったら、人々は打線の補強をしなかったことを責めるだろう。ファンに対して補強という形でメッセージを発信する必要があった」というサンディ・アルダーソンGMの判断が決め手となった。

     しかし、試合中にトレード合意が報じられ、フローレスがトレードされることを知ったファンは、フローレスにスタンディング・オベーションを浴びせた。ファンからの温かい声援に困惑したフローレスだが、自身のトレードが報じられていることを知り、試合中であるにも関わらず、グラウンドで涙を流した。

     ところが、メッツは身体検査の過程でゴメスに問題が見つかったことを理由に、このトレードを白紙に戻した。ゴメスは通常通りに試合に出場し続けており、ブリュワーズは困惑。ゴメスの健康状態に本当に問題があったかどうかは不明であり、ウィーラーの健康状態に問題が見つかった、ゴメスの年俸負担について合意できなかった、メッツのフロントがフローレスの涙に心を動かされたなど、様々な原因が推測されている。

     しかし、結果としてメッツのゴメス獲得が白紙に戻ったことが、球界の歴史を大きく変えることになった。ブリュワーズは他球団と改めて交渉を行った結果、ゴメスとマイク・ファイアーズを放出してアストロズからジョシュ・ヘイダー、ドミンゴ・サンタナ、ブレット・フィリップス、エイドリアン・ハウザーの4選手を獲得。ヘイダーは球界最強クラスのリリーバーとして近年のブリュワーズの躍進を支え、アストロズに移籍したファイアーズはのちに不正なサイン盗みを暴露することになる。

     また、メッツはゴメスの代わりにタイガースからヨエニス・セスペデスを獲得。タイガースのジム・リーランド監督にセスペデスがセンターを守れるかを確認し、「ウチのチームではレフトを守っているけど、彼がセンターを守れない理由はない。身体能力の高い選手だからね」とお墨付きをもらったうえで獲得を決めた。

     セスペデスは、メッツ加入後の6週間で10二塁打、17本塁打、OPS1.048という驚異的な活躍を見せ、逆転での地区優勝に大きく貢献。また、セスペデスとのトレードでルイス・セッサとともにタイガースへ移籍したマイケル・フルマーは、翌2016年に新人王を受賞する活躍を見せた。

     フローレスが流した涙がなければ、メッツはセスペデスでなくゴメスを獲得し、2015年のワールドシリーズに進出していなかったかもしれない。また、メッツとブリュワーズのトレードが無事に成立していれば、ヘイダーがブリュワーズに加入することもなく、ファイアーズがアストロズの不正なサイン盗みを暴露することもなかったかもしれない。フローレスのメッツへの愛情が球界の歴史を大きく変えたのだ。

  • 通算298本塁打の長距離砲・レイノルズが現役引退を表明

    2020.4.10 10:30 Friday

     日本時間4月10日、メジャー13年間で通算298本塁打を放ったマーク・レイノルズは、「MLBネットワーク・ラジオ」で現役引退を表明した。メジャー3年目の2009年に44本塁打を放つなど、2007年から12年連続で2ケタ本塁打を記録したが、昨季は78試合の出場で4本塁打のみ。7月下旬にロッキーズを解雇されたあとは無所属の状態が続いており、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により2020年シーズンの開幕の見通しが立たないなか、現役引退を決断した。

     昨季のレイノルズは、マイナー契約から開幕ロースター入りを勝ち取ったものの、78試合に出場して打率.170、4本塁打、20打点、OPS.601と低調なパフォーマンスに終始。7月下旬にDFAとなり、そのまま解雇された。ロッキーズに所属するのは昨季が2度目(3シーズン目)であり、2016~2017年の在籍時には合計266試合に出場して打率.274、44本塁打、150打点、出塁率.354をマーク。2017年には6年ぶりにシーズン30本塁打を記録した。

     プロ入り時の球団であるダイヤモンドバックスでは「三振か本塁打か」の豪快なスラッガーとして活躍し、2008年から3年連続200三振以上(いずれもリーグ最多)。44本塁打を放った2009年に記録した223三振は、現在もメジャー記録となっている。オリオールズへ移籍した2011年も37本塁打と長打力を発揮したが、196三振はリーグ最多だった。

     レイノルズの引退発表は、スティーブ・トーレとダニー・カネルによるインタビューのなかでサプライズ的に行われた。レイノルズは、2020年シーズンも現役続行を目指していたものの、新型コロナウイルスの感染拡大によって球界の動きが止まり、シーズン開幕の見通しが立たなくなったこともあり、現役引退を決断したという。

     現役引退について「家族と友人以外には言っていなかった」というレイノルズ。現在は「家族と過ごす時間を本当にエンジョイしている」そうだ。

  • 元本塁打王・バティースタのスライダーに元同僚が太鼓判

    2020.4.9 12:55 Thursday

     過去にはリック・アンキールやアダム・ローウェンのように投手から野手へ転向したメジャーリーガーがおり、現在のメジャーリーグでは大谷翔平(エンゼルス)やブレンダン・マッケイ(レイズ)が投手と野手を兼任する「二刀流」に挑戦している。このように、投手から野手、あるいは野手から投手へ転向する例は決して少なくないが、シーズン54本塁打を放ったことのある39歳の元本塁打王が投手としてメジャー復帰を目指すとなれば、話は変わってくる。

     今年3月、ブルージェイズ時代の2010年に54本塁打、翌2011年に43本塁打を放って2年連続で本塁打王のタイトルを獲得し、メジャー15年間で344本塁打を記録したホゼ・バティースタが東京五輪予選にドミニカ共和国代表の一員として出場する予定であることと「二刀流」でのメジャー復帰を目指していることが報じられた(新型コロナウイルスの感染拡大により東京五輪予選は延期となった)。

     バティースタは、東京五輪予選には一塁手として出場予定だったが、ブルージェイズ時代の同僚であるマーカス・ストローマン(メッツ)とトレーニングに取り組み、ストローマンは「バティースタがメジャーのリリーフ投手になる可能性がある」と発言。ESPNのジェフ・パッサンは、バティースタの速球が最速94マイルに達し、スライダーにも威力があることを伝えていた。

     そして、今月に入り、ストローマンは自身のTwitterでバティースタがスライダーを投げている様子の動画を投稿。「僕が最初にバティースタがメジャーのリリーフ投手になれると言ったとき、誰も僕が真面目に言っているとは思わなかった。シンカーもスライダーもチェンジアップもメジャーで通用するよ!」とバティースタのピッチングに太鼓判を押した。

     バティースタがメジャーでプレイしたのは2018年が最後であり、昨年は無所属のまま1年を過ごした。39歳という年齢を考えると、獲得に興味を示す球団は現れない可能性のほうが高いが、バティースタの挑戦がどのような結末を迎えるか注目したい。

  • 指名打者として活躍の場を広げた殿堂入り選手たち

    2020.4.9 11:50 Thursday

     1973年にアメリカン・リーグで指名打者制が導入され、同年4月6日(現地時間)のレッドソックス戦でヤンキースのロン・ブロムバーグが指名打者として打席に入った初めての選手となった。まだ通算出場試合数の70%以上に指名打者として出場した殿堂入り選手は現れていないものの、近いうちにデービッド・オルティスがその第1号となる可能性がある。また、指名打者制のおかげで活躍の場を広げた殿堂入り選手も多い。メジャーリーグ公式サイトでは、トーマス・ハリガンが7人の殿堂入り選手をピックアップして紹介している。

     近年のメジャーリーグでは、指名打者のポジションは守備に難を抱える強打者に与えられるのみならず、主力選手に休養を与えたり、特定ポジションの人員余剰を解消したりするために使われることが多い。とはいえ、やはり守備に難を抱える、あるいは年齢とともに守備力が落ちてきた強打者に与えられるというイメージが強いポジションである。

     通算465本塁打のデーブ・ウィンフィールドは、39歳のシーズンとなった1991年までレギュラーの外野手としてプレイしたものの、キャリアの最終4年は指名打者としての出場がほとんどだった。1992年は打率.290、26本塁打、108打点、OPS.867をマークしてシルバースラッガー賞を受賞し、ブルージェイズのワールドシリーズ制覇に貢献。ツインズへ移籍した翌1993年に通算3000安打を達成した。

     通算3255安打、504本塁打を誇るスイッチヒッターのエディ・マレーも、ナショナル・リーグのメッツからア・リーグのインディアンスへ移籍した1994年以降は指名打者としての出場が大半を占めた。1995年には打率.323、21本塁打、82打点、OPS.891の好成績をマーク。ちなみに、マレーはオリオールズでデビューした1977年も主に指名打者として起用され、打率.283、27本塁打、88打点、OPS.803を記録して新人王を受賞している。

     通算3319安打のポール・モリターも、指名打者制によって寿命を延ばした選手の1人である。メジャー最初の13シーズンで1870安打、打率.299、362盗塁を記録したモリターだが、故障により出場120試合未満のシーズンが6度もあった。34歳のシーズンとなった1991年から指名打者に本格転向し、現役引退までの8シーズンで平均143試合に出場。この8シーズンで1449安打、打率.316、142盗塁をマークした。

     通算384本塁打のハロルド・ベインズは、30歳を迎える前から指名打者としての出場が多くなった。通算出場試合の58.1%に指名打者として出場し、2866安打のうち1690安打、384本塁打のうち236本塁打、1628打点のうち981打点を指名打者として記録。現役最後の4年間は1試合も守備に就かなかった。

     殿堂入り選手のうち、指名打者としての出場割合が最も高い(68.3%)のがエドガー・マルティネスだ。31歳までは三塁手としてプレイしたものの、非常に故障が多く、32歳のシーズンとなった1995年から指名打者に本格転向。この年は打率.356(首位打者)、29本塁打、113打点、OPS1.107の大活躍を見せ、5年後の2000年には自己最多の37本塁打、145打点を叩き出して打点王のタイトルを手にした。指名打者をポジションの1つとして確立した存在と言われており、最優秀指名打者賞にはマルティネスの名前が冠せられている。

     通算出場試合の過半数を指名打者としてプレイした殿堂入り選手は3人いるが、ベインズ、マルティネスに次ぐ残りの1人がフランク・トーマスだ。1993年から2年連続でMVPに輝くなど、球界を代表するスター一塁手だったトーマスは、首位打者のタイトルを手にした翌年の1998年から指名打者にシフト。2000年に43本塁打、2003年に42本塁打、2006年に39本塁打と晩年まで破壊力は衰えず、40歳まで現役を続け、通算521本塁打を記録した。

     史上8人目の通算600本塁打を達成したジム・トーメイも、ナ・リーグのフィリーズからア・リーグのホワイトソックスへ移籍した2006年以降はほとんど守備に就かなかった。2006年は打率.288、42本塁打、109打点、OPS1.014の好成績を残し、39歳のシーズンとなった2010年にはツインズでわずか276打数ながら25本塁打を放ち、OPS1.039をマーク。通算612本塁打は歴代8位の大記録である。

  • 元カージナルス・ハミルトン 医師としてウイルスとの戦いへ

    2020.4.9 10:50 Thursday

     2010~2011年にカージナルスでプレイした元一塁手のマーク・ハミルトン(35歳)は、日本時間4月11日に予定より1ヶ月早くドナルド・アンド・バーバラ・ザッカー医科大学を卒業し、医師として新型コロナウイルスとの戦いに挑むことになった。ハミルトンは、「ハミルトン医師」として感染拡大の中心地となっているニューヨークの病院に配属されることが決まっているようだ。

     ハミルトンは、新型コロナウイルスの影響により、予定よりも1ヶ月早く、オンラインでの卒業式で医科大学を卒業することになった。当初は6月に「医師1年生」としての生活をスタートする予定だったが、すでに新型コロナウイルスとの戦いが続くニューヨークの病院に配属されることが決定。配属地の病院の患者の大半は、新型コロナウイルスの感染者であるという。

     ハミルトンは「大学は卒業を早めたけど、最低限の準備は整えられるようにしてくれた」と話しており、医科大学を卒業してすぐ病院に配属されることに対応する態勢は整っているようだ。妻ローレンのほか、9歳と6歳の娘2人と一緒に暮らすハミルトンだが、「感染拡大が止まる気配はない。減速しているかもしれないけど、止まっていない。患者のために僕にできる最大限を尽くすよ」と医師としての使命を口にした。

     2006年のドラフトでカージナルスから全体76位指名を受けたハミルトンは、確実性、パンチ力、選球眼を兼ね備えた好打者として着実にマイナーの階段を上り、2010年にメジャーデビューして9試合に出場。翌2011年は自己最多の38試合に出場したが、メジャーでプレイしたのはこの年が最後だった。2012年はカージナルス、2013年はレッドソックス、2014年はブレーブスのマイナーでプレイし、2014年7月に解雇された時点で医師の道を目指すことを決めた。

     ハミルトンによると、30歳になるまでにメジャーに定着できなければ、プロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけ、医師の道を歩むことを決めていたという。2011年にワールドシリーズを制したチームの一員としてチャンピオンリングを受け取っているハミルトンだが、今度は医師としてウイルスとの戦いに挑む。

  • 球団史上最高の二塁手は誰だ!? MLB公式サイトの番記者が選出

    2020.4.8 16:55 Wednesday

     メジャーリーグ公式サイトでは、レギュラーシーズンの開幕延期によって試合がない期間を利用し、各球団の「オールタイム・チーム」を決定する企画を実施している。捕手、一塁手に続く第3弾として、各球団の番記者が球団史上最高の二塁手を決定するファン投票をTwitterで実施中(それぞれの番記者のツイートから投票可能)。ファン投票の結果とは別に、それぞれの番記者が球団の歴代二塁手のなかからトップ5を選出して紹介している。

    アメリカン・リーグ東部地区

    オリオールズ
    【1位】ボビー・グリッチ(1970-76)
    WAR36.0(Baseball-Reference版)は二塁手で球団史上最高。1973年から4年連続ゴールドグラブ賞。
    【2位】ブライアン・ロバーツ(2001-13)
    【3位】ロベルト・アロマー(1996-98)
    【4位】デイビー・ジョンソン(1965-72)
    【5位】リッチ・ダウアー(1976-85)

    レッドソックス
    【1位】ダスティン・ペドロイア(2006-現在)
    ルーキーイヤーからの2年間でMVP、新人王、ワールドシリーズ制覇、ゴールドグラブ賞を手にした史上唯一の選手。
    【2位】ボビー・ドーア(1937-51)
    【3位】ビリー・グッドマン(1947-57)
    【4位】ジョディ・リード(1987-92)
    【5位】マイク・アンドリュース(1966-70)

    ヤンキース
    【1位】トニー・ラゼリ(1926-37)
    1936年5月24日(現地時間)にア・リーグ記録の1試合11打点。5度のワールドシリーズ制覇を経験。
    【2位】ウィリー・ランドルフ(1976-88)
    【3位】ロビンソン・カノー(2005-13)
    【4位】ジョー・ゴードン(1938-46)
    【5位】ボビー・リチャードソン(1955-66)

    レイズ
    【1位】ベン・ゾブリスト(2006-14)
    オールスター・ゲーム選出2度。内外野の全ポジションを守った2009年はMVP投票8位にランクイン。
    【2位】岩村明憲(2007-09)
    【3位】ローガン・フォーサイス(2014-16)
    【4位】ミゲル・カイロ(1998-2000)
    【5位】ブランドン・ロウ(2018-現在)

    ブルージェイズ
    【1位】ロベルト・アロマー(1991-95)
    在籍5年でオールスター・ゲーム選出5度、ゴールドグラブ賞5度、ワールドシリーズ制覇2度。2011年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】アーロン・ヒル(2005-11)
    【3位】オーランド・ハドソン(2002-05)
    【4位】ダマソ・ガルシア(1980-86)
    【5位】マニュエル・リー(1985-92)

    アメリカン・リーグ中部地区

    ホワイトソックス
    【1位】ネリー・フォックス(1950-63)
    1959年にMVPを受賞。ゴールドグラブ賞3度。1997年にアメリカ野球殿堂入り。背番号「2」は永久欠番。
    【2位】エディ・コリンズ(1915-26)
    【3位】レイ・ダーラム(1995-2002)
    【4位】井口資仁(2005-07)
    【5位】ホルヘ・オルタ(1972-79)

    インディアンス
    【1位】ナップ・ラジョイ(1902-14)
    WAR79.8(Baseball-Reference版)は球団史上最高。2047安打も球団記録。1937年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】ジョー・ゴードン(1947-50)
    【3位】ロベルト・アロマー(1999-2001)
    【4位】ボビー・アビラ(1949-58)
    【5位】ジェイソン・キプニス(2011-19)

    タイガース
    【1位】チャーリー・ゲーリンジャー(1924-42)
    19年間タイガース一筋。通算WAR78.6(FanGraphs版)は二塁手としてメジャー史上5番目の数字。
    【2位】ルー・ウィテカー(1977-95)
    【3位】イアン・キンズラー(2014-17)
    【4位】プラシド・ポランコ(2005-09)
    【5位】ディック・マコーリフ(1960-73)

    ロイヤルズ
    【1位】フランク・ホワイト(1973-90)
    オールスター・ゲーム選出5度、ゴールドグラブ賞8度。背番号「20」はチームの3つの永久欠番のうちの1つ。
    【2位】ウィット・メリフィールド(2016-現在)
    【3位】クッキー・ロハス(1970-77)
    【4位】マーク・グルジラネック(2006-08)
    【5位】ホゼ・オファーマン(1996-98)

    ツインズ
    【1位】ロッド・カルー(1967-78)
    ツインズ在籍時の通算打率.334は球団史上最高。1969年からの10年間で首位打者7度。1991年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】ブライアン・ドージャー(2012-18)
    【3位】チャック・ノブロック(1991-97)
    【4位】スティーブ・ロンバードージ(1985-88)
    【5位】ティム・タフェル(1983-85)

    アメリカン・リーグ西部地区

    アストロズ
    【1位】クレイグ・ビジオ(1988-2007)
    アストロズ一筋20年の殿堂入り二塁手。通算の出場試合、安打、得点、塁打、二塁打、長打の数はいずれも球団記録。
    【2位】ホゼ・アルトゥーベ(2011-現在)
    【3位】ジョー・モーガン(1963-71,80)
    【4位】ビル・ドーラン(1982-90)
    【5位】ジェフ・ケント(2003-04)

    エンゼルス
    【1位】ボビー・グリッチ(1977-86)
    WAR35.1(Baseball-Reference版)は野手では球団史上5番目の数字。ストライキで短縮シーズンの1981年に本塁打王。
    【2位】ハウィー・ケンドリック(2006-14)
    【3位】アダム・ケネディ(2000-06)
    【4位】ボビー・クノップ(1964-69)
    【5位】サンディ・アロマーSr.(1969-74)

    アスレチックス
    【1位】エディ・コリンズ(1906-14,27-30)
    WAR55.9(FanGraphs版)は野手で球団史上3位、二塁手で同1位。1909年からの6年間で打率.345、358盗塁をマーク。
    【2位】マックス・ビショップ(1924-33)
    【3位】マーク・エリス(2002-11)
    【4位】ディック・グリーン(1963-74)
    【5位】ジェッド・ラウリー(2013-14,16-18)

    マリナーズ
    【1位】ブレット・ブーン(1992-93,2001-05)
    2001年に球団史上4位の141打点で打点王。142本塁打、531打点、長打率.479は二塁手による球団記録。
    【2位】ロビンソン・カノー(2014-18)
    【3位】ハロルド・レイノルズ(1983-92)
    【4位】ジョーイ・コーラ(1995-98)
    【5位】フリオ・クルーズ(1977-83)

    レンジャーズ
    【1位】イアン・キンズラー(2006-13)
    1145安打、748得点、249二塁打、23三塁打、156本塁打、539打点はいずれも球団史上10位以内にランクイン。
    【2位】フリオ・フランコ(1989-93)
    【3位】マーク・マクレモア(1995-99)
    【4位】アルフォンゾ・ソリアーノ(2004-05)
    【5位】バンプ・ウィルス(1977-81)

    ナショナル・リーグ東部地区

    ブレーブス
    【1位】マーカス・ジャイルズ(2001-06)
    OPS.809は300試合以上に出場した二塁手のなかで球団史上1位。打率.316、49二塁打の2003年にオールスター・ゲーム選出。
    【2位】トニー・クチネロ(1936-40,42-43)
    【3位】オジー・アルビーズ(2017-現在)
    【4位】フェリックス・ミヤーン(1966-72)
    【5位】グレン・ハバード(1978-87)

    マーリンズ
    【1位】ルイス・カスティーヨ(1996-2005)
    2000年に62盗塁、2003年に48盗塁で盗塁王。2002年に35試合連続安打。オールスター・ゲーム選出3度、ゴールドグラブ賞3度。
    【2位】ダン・アグラ(2006-10)
    【3位】ディー・ゴードン(2015-17)
    【4位】デレク・ディートリック(2013-18)
    【5位】スターリン・カストロ(2018-19)

    メッツ
    【1位】エドガルド・アルフォンゾ(1995-2001)
    得点圏打率.318は球団史上最高。2000年に打率.324、25本塁打、OPS.967の好成績でオールスター・ゲーム選出。
    【2位】ダニエル・マーフィー(2008-15)
    【3位】ウォーリー・バックマン(1980-88)
    【4位】ジェフ・ケント(1992-96)
    【5位】フェリックス・ミヤーン(1973-77)

    フィリーズ
    【1位】チェイス・アトリー(2003-15)
    2004年から2014年までの11年間で記録したWAR62.0(Baseball-Reference版)はメジャー全体で3番目の数字。
    【2位】フアン・サミュエル(1983-89)
    【3位】デーブ・キャッシュ(1974-76)
    【4位】マニー・トリーヨ(1979-82)
    【5位】トニー・テイラー(1960-71,74-76)

    ナショナルズ
    【1位】ホゼ・ビドロ(1997-2006)
    WAR16.5(Baseball-Reference版)は二塁手として球団史上最高。在籍10年間で打率.301を記録したスイッチヒッター。
    【2位】ハウィー・ケンドリック(2017-現在)
    【3位】デライノ・デシールズ(1990-93)
    【4位】ダニエル・マーフィー(2016-18)
    【5位】ダニー・エスピノーザ(2010-16)

    ナショナル・リーグ中部地区

    カブス
    【1位】ライン・サンドバーグ(1982-97)
    不動の正二塁手として活躍。サンドバーグ引退後、カブスでは22年間で13人が開幕戦の二塁手を務めている。
    【2位】ビリー・ハーマン(1931-41)
    【3位】ジョニー・エバース(1902-13)
    【4位】ロジャース・ホーンスビー(1929-32)
    【5位】グレン・ベッカート(1965-73)

    レッズ
    【1位】ジョー・モーガン(1972-79)
    406盗塁は球団史上最多。1975年から2年連続でMVPを受賞。1990年にアメリカ野球殿堂入り。背番号「8」は永久欠番。
    【2位】ブランドン・フィリップス(2006-16)
    【3位】ロニー・フライ(1938-46)
    【4位】ジョニー・テンプル(1952-59,64)
    【5位】ミラー・ハギンス(1904-09)

    ブリュワーズ
    【1位】ジム・ガントナー(1976-92)
    背番号「17」は永久欠番ではないが、ガントナーの引退後、ブリュワーズは「17」をどの選手にも与えていない。
    【2位】リッキー・ウィークス(2003,05-14)
    【3位】フェルナンド・ビーニャ(1995-99)
    【4位】スクーター・ジェネット(2013-16)
    【5位】ロニー・ベリアード(1998-2002)

    パイレーツ
    【1位】ビル・マゼロスキー(1956-72)
    1960年に史上唯一となるワールドシリーズ第7戦(対ヤンキース)でのサヨナラ本塁打。2001年にアメリカ野球殿堂入り。
    【2位】クロード・リッチー(1900-06)
    【3位】ジョニー・レイ(1981-87)
    【4位】レニー・ステネット(1971-79)
    【5位】ニール・ウォーカー(2009-15)

    カージナルス
    【1位】ロジャース・ホーンスビー(1915-26,33)
    打率.359は球団史上最高。1922年と1925年に三冠王。1920年から6年連続で打率、出塁率、長打率、OPSがリーグ1位。
    【2位】レッド・シェーンディーンスト(1945-63)
    【3位】フランキー・フリッシュ(1927-37)
    【4位】トム・ハー(1979-88)
    【5位】コルテン・ウォン(2013-現在)

    ナショナル・リーグ西部地区

    ダイヤモンドバックス
    【1位】ケテル・マーテイ(2017-現在)
    昨季大ブレイク。打率.329、32本塁打、92打点、10盗塁、OPS.981の好成績でオールスター・ゲームにファン投票で選出。
    【2位】ジェイ・ベル(1998-2002)
    【3位】オーランド・ハドソン(2006-08)
    【4位】アーロン・ヒル(2011-15)
    【5位】ジーン・セグーラ(2016)

    ロッキーズ
    【1位】DJ・レメイヒュー(2012-18)
    2016年に打率.348で首位打者のタイトルを獲得。オールスター・ゲーム選出2度、ゴールドグラブ賞3度。
    【2位】エリック・ヤングSr.(1993-97)
    【3位】松井稼頭央(2006-07)
    【4位】クリント・バーメス(2003-10)
    【5位】ジェイミー・キャロル(2006-07)

    ドジャース
    【1位】ジャッキー・ロビンソン(1947-56)
    メジャー史上初の黒人選手。人種の壁を破った功績をたたえ、背番号「42」は全球団で永久欠番となっている。
    【2位】デイビー・ロープス(1972-81)
    【3位】ジム・ギリアム(1953-66)
    【4位】スティーブ・サックス(1981-88)
    【5位】ジェフ・ケント(2005-08)

    パドレス
    【1位】マーク・ロレッタ(2003-05)
    在籍3年間で打率.314をマーク。在籍時の打率が3割を超えているのはロレッタとトニー・グウィンの2人だけ。
    【2位】ロベルト・アロマー(1988-90)
    【3位】ビップ・ロバーツ(1986-91,94-95)
    【4位】アラン・ウィギンス(1981-85)
    【5位】キルビオ・ベラス(1997-99)

    ジャイアンツ
    【1位】ジェフ・ケント(1997-2002)
    二塁手として放った351本塁打はメジャー史上最多。2000年に打率.334、33本塁打、125打点でMVPを受賞。
    【2位】ラリー・ドイル(1907-16,18-20)
    【3位】フランキー・フリッシュ(1919-26)
    【4位】ロビー・トンプソン(1986-96)
    【5位】レイ・ダーラム(2003-08)

  • 過小評価の殿堂入り選手 死去したケーラインも選出

    2020.4.8 12:10 Wednesday

     日本時間4月8日、メジャーリーグ公式サイトのアンソニー・カストロビンスは「過小評価されている殿堂入り選手」から選抜チームを作る特集記事を公開した。そのなかには、昨日85歳で亡くなったばかりのアル・ケーラインの名前も含まれている。なお、指名打者と救援投手は殿堂入り選手の数自体が少ないため、今回の企画では対象外となっている。

     タイガース一筋22年のキャリアを過ごし、「ミスター・タイガー」として知られるケーラインは、投票対象となった初年度の1980年に得票率88.3%で殿堂入りを果たしているものの、ほぼ同年代に活躍したウィリー・メイズやミッキー・マントルと比べると地味な選手だった。カストロビンスは「ケーラインが亡くなったことにより、我々は彼の驚異的なキャリアを正しく評価する機会を得た」と述べている。

     ケーラインに地味な印象があるのは、ヤンキースのような華やかな球団ではなくタイガースでプレイしていたことや、MVPを1度も受賞していないことなどが原因だろう。MVP投票では3位以内に3度ランクインしたことがあるものの、そのときケーラインより上の順位にいたのは全てヤンキースの選手だった(1955年はヨギ・ベラ、1956年はマントルとベラ、1963年はエルストン・ハワード)。

     とはいえ、ケーラインは史上最年少首位打者に輝いた20歳のシーズン(1955年)から現役引退まで20年連続で2ケタ本塁打を継続するなど、毎年コンスタントに数字を積み重ね、打率が.272を下回ったのもデビューイヤーの1953年とキャリア最後の2年だけ。通算WAR92.8(Baseball-Reference版)はケン・グリフィーJr.やウェイド・ボッグス、ジョージ・ブレット、チッパー・ジョーンズ、ジョー・ディマジオといったスター選手たちを上回っている。

     通算3007安打、399本塁打、オールスター・ゲーム選出18度、ゴールドグラブ賞10度、1968年ワールドシリーズ制覇という輝かしいキャリアを過ごしながらも、同年代に活躍したスター選手の陰に隠れて語られることが少ないことを踏まえ、カストロビンスは「過小評価されている殿堂入り選手」の選抜チームの右翼手部門にケーラインを選出している。

     なお、カストロビンスが選出した選抜チームの顔ぶれは以下のようになっている。

    先発投手:バート・ブライレブン(通算WAR94.5)
    捕手:ゲーリー・カーター(同70.1)
    一塁手:ジョニー・マイズ(同71.3)
    二塁手:ジャッキー・ロビンソン(同61.7)
    三塁手:エディ・マシューズ(同96.2)
    遊撃手:アーキー・ボーン(同78.0)
    左翼手:ティム・レインズ(同69.4)
    中堅手:ラリー・ドビー(同49.3)
    右翼手:アル・ケーライン(同92.8)
    ※ロビンソンはメジャー初、ドビーはア・リーグ初の黒人選手

  • アリゾナでのシーズン開幕案についてMLBが公式声明を発表

    2020.4.8 11:10 Wednesday

     「30球団をアリゾナに集めて早ければ5月中にも2020年のレギュラーシーズンが開幕する可能性がある」と各メディアが報じるなか、メジャーリーグ機構は日本時間4月8日、公式の声明文を発表して「決定はしておらず、詳細なプランにも発展していない」と一部での開幕楽観論を牽制した。新型コロナウイルスの感染は依然としてアメリカ国内で拡大を続けており、メジャーリーグ機構は「従業員や選手、ファン、そして社会全体の健康と安全が最重要である」と強調している。

     メジャーリーグ機構は「社会全体の健康状況が改善し、レギュラーシーズンを安全に開始できるという判断になった際にスタートできるよう、現在も多くのプランを検討している」ことを明らかにし、すでに各メディアが報じている通り、「1つの場所で試合を開催することも選択肢の1つとして議論している」とした。しかし、このアリゾナ開催のプランについては「決定はしておらず、詳細なプランにも発展していない」と述べており、現時点ではあくまでも選択肢の1つに過ぎないようだ。

     また、メジャーリーグ機構は、政府や公的な保健機関と定期的に連絡を取り合っているものの、「いずれのプランについても国家や州、地方の機関や選手会からの認可は得ておらず、現時点では認可を求める動きもしていない」ことを明言。あくまでも「従業員や選手、ファン、そして社会全体の健康と安全が最重要である」ことを強調した。そして、「新型コロナウイルスにより社会全体の健康状況が急速に変化するなか、現時点では、試合の開催について特定のフォーマットを支持する準備は整っていない」と慎重な姿勢を示した。

     「必要な対策を講じたうえで、早ければ5月にもキャンプを再開してレギュラーシーズンがスタートする可能性がある」と各メディアが報じたため、2020年のレギュラーシーズン開幕に向けて楽観論が広がりつつあったが、今回の公式声明文はそれを牽制するものであると言えそうだ。

  • もしグリフィーJr.がメッツへのトレードを受諾していたら

    2020.4.7 15:55 Tuesday

     殿堂入りの名外野手、ケン・グリフィーJr.について語るとき、常に「もし彼が故障なくプレイしていたら、バリー・ボンズに代わってハンク・アーロンの記録を塗り替えることができていただろうか」という「ifストーリー」が付いて回る。日本時間4月7日、メジャーリーグ公式サイトでは、マイケル・クレアがグリフィーJr.に関する別の「ifストーリー」の特集記事を公開した。それは「もしグリフィーJr.がメッツに移籍していたらどうなったか」というものだ。

     グリフィーJr.が1999年オフにマリナーズからレッズへトレードで移籍する際、マリナーズはレッズよりも先にメッツとのトレードで合意に達していた。その内容は、メッツがグリフィーJr.を獲得し、オクタビオ・ドテル、アーマンド・ベニテス、ロジャー・セデーニョの3人をマリナーズへ放出するというものだった。

     しかし、グリフィーはメジャーで10年以上プレイし、なおかつ直近5年間を同じチームで過ごしている選手に与えられるトレード拒否権を行使してメッツへの移籍を拒否。最終的にはマイク・キャメロン、ブレット・トムコ、アントニオ・ペレスとのトレードでレッズへの移籍が決定した。

     もしグリフィーJr.がメッツへ移籍していたら、2000年にメッツがワールドシリーズへ進出することはなかっただろう。なぜなら、レギュラーシーズンで15勝を挙げ、カージナルスとのリーグ優勝決定シリーズで16イニングを無失点に抑えてMVPに輝いたマイク・ハンプトンを獲得することができないからだ(メッツはハンプトンとデレク・ベルを獲得する対価としてドテルとセデーニョを含む3選手をアストロズへ放出した)。

     そして、メッツへ移籍しなかったハンプトンをダイヤモンドバックスが獲得していただろう。ダイヤモンドバックスは球団創設2年目の1999年にポストシーズン進出を果たし、オーナーのジェリー・コランジェロはさらなる補強を目指していた。実際には、2000年6月にフィリーズからカート・シリングを獲得し、翌2001年の世界一へと繋げたが、グリフィーJr.がメッツへ移籍していれば、ランディ・ジョンソンとシリングの剛腕コンビは誕生していなかったかもしれない。

     また、メッツは2000年終了後にハンプトンがフリーエージェントとなってロッキーズへ移籍した補償として2001年ドラフト全体38位の指名権を獲得し、デービッド・ライトを指名。もしグリフィーJr.がメッツへ移籍し、ハンプトンがダイヤモンドバックスに加わっていれば、ライトはダイヤモンドバックスに入団することになっていたかもしれない。

     さらに、ダイヤモンドバックスが獲得しなかったシリングをカージナルスが獲得し、ダリル・カイル、アンディ・ベネスとの強力投手陣を武器に2000年のワールドシリーズを制していた可能性もある。実際、カージナルスがシリングの交換要員としてマット・モリスとJ.D.ドリューの2人をオファーしていたことが報じられている。1997年にフィリーズからのドラフト全体2位指名を拒否したドリューだが、グリフィーJr.がメッツへ移籍していれば、フィリーズに入団する可能性もあったというわけだ。

     最後に、グリフィーJr.がメッツへ移籍していれば、2001年にマリナーズが116勝を挙げることはなかっただろう。グリフィーJr.とのトレードでドテルとベニテスを獲得したマリナーズは佐々木主浩の獲得には動かなかっただろうし、イチローと鉄壁の右中間コンビを形成するキャメロンをレッズから獲得することもなかったからだ。

     ただし、グリフィーJr.がメッツへ移籍していたとしても、マリナーズに残留していたとしても、ワールドシリーズ制覇のチャンピオン・リングを手にすることはなかっただろう。クレアは「決して変わらないものもある」という一文で「ifストーリー」の特集記事を締めくくっている。

  • ファンが選ぶ「史上最高のシーズン」は1968年のボブ・ギブソン

    2020.4.7 13:55 Tuesday

     Twitterのアンケート機能を用いて行われていた「史上最高のシーズン」を選ぶ企画が日本時間4月7日に終了し、決勝戦で1968年のボブ・ギブソン(カージナルス)が1923年のベーブ・ルース(ヤンキース)を破って「史上最高のシーズン」に選出された。なお、この企画には日本人選手で唯一、2004年のイチロー(マリナーズ)もノミネートされていたが、準優勝したルースに1回戦で82%対18%の大差で敗れている。

     1968年のギブソンは、34試合に先発して28完投・13完封を記録し、304回2/3を投げて22勝9敗、防御率1.12、268奪三振をマーク。当然のように満票でサイ・ヤング賞を受賞したほか、ピート・ローズ(レッズ)、ウィリー・マッコビー(ジャイアンツ)らを抑えてMVPにも選出された。

     防御率1.12はライブボール時代(1920年以降)で断トツの数字であり、ギブソンに次ぐのは1985年に防御率1.53を記録したドワイト・グッデン(メッツ)。ギブソンはこのグッデンと2回戦で対戦し、77%対23%で圧勝した。

     また、この年のギブソンは、ワールドシリーズ第1戦(対タイガース)で史上最多の17三振を奪って完封勝利。現在に至るまで、ワールドシリーズで1試合15奪三振以上を記録した投手はギブソンだけである。この年のシリーズで記録した35奪三振は、現在も単年のワールドシリーズにおける最多記録となっている。

     さらに、6月6日から7月30日(現地時間)にかけて1失点以下で11試合連続完投勝利を記録(メジャー記録)。このうち8試合は完封勝利であり、合計99イニングを投げて失点はわずか3点だけだった(防御率0.27)。6月と7月の12先発は全て完投勝利を記録し、12勝0敗、防御率0.50という圧巻のパフォーマンスを披露した。

     シーズン防御率1.12だけでも十分に驚異的だが、敵地での16先発では12勝3敗、防御率0.81をマーク。16先発のうち15先発は完投だった。敵地で10試合以上に先発して防御率0点台でシーズンを終えた投手は、メジャーリーグの長い歴史のなかでギブソンしかいない。

     もちろん、各球団のスター選手に対しても支配的なピッチングを見せており、ハンク・アーロンは15打数1安打、ジョニー・ベンチは6打数0安打。両リーグ最多の210安打で打率.335をマークしたローズも8打数0安打に封じた。アーニー・バンクスが13打数3安打、ウィリー・メイズが8打数2安打だったのが目立つ程度である。

     ちなみに、1923年のルースは、152試合に出場して打率.393、41本塁打、130打点、17盗塁、OPS1.309をマーク。しかし、この素晴らしいシーズンでも1968年のギブソンには及ばなかった。なお、今回の企画の各ラウンドの結果は以下のようになっている。

    1回戦
    ベーブ・ルース(1923年) 82%対18% イチロー(2004年)
    バリー・ボンズ(2001年) 80%対20% マーク・マグワイア(1998年)
    ルー・ゲーリッグ(1927年) 90%対10% ブライス・ハーパー(2015年)
    ミッキー・マントル(1956年) 82%対18% リッキー・ヘンダーソン(1990年)
    テッド・ウィリアムス(1941年) 78%対22% ジョー・ディマジオ(1941年)
    マイク・トラウト(2018年) 62%対38% カール・ヤストレムスキー(1967年)
    ロジャース・ホーンスビー(1924年) 59%対41% ウィリー・メイズ(1965年)
    スタン・ミュージアル(1948年) 63%対37% アルバート・プーホルス(2009年)
    ペドロ・マルティネス(2000年) 84%対16% ジェイク・アリエタ(2015年)
    サンディ・コーファックス(1965年) 83%対17% ノーラン・ライアン(1973年)
    ランディ・ジョンソン(2001年) 67%対33% ザック・グレインキー(2015年)
    ボブ・ギブソン(1968年) 89%対11% ロン・ギドリー(1978年)
    ドワイト・グッデン(1985年) 75%対25% ゲリット・コール(2019年)
    トム・シーバー(1971年) 53%対47% スティーブ・カールトン(1972年)
    クレイトン・カーショウ(2014年) 58%対42% ジェイコブ・デグロム(2018年)
    グレッグ・マダックス(1995年) 80%対20% ロジャー・クレメンス(1997年)

    2回戦
    ルース 86%対14% ミュージアル
    ボンズ 58%対42% ホーンスビー
    ゲーリッグ 81%対19% トラウト
    ウィリアムス 74%対26% マントル
    マルティネス 67%対33% マダックス
    コーファックス 58%対42% カーショウ
    ジョンソン 57%対43% シーバー
    ギブソン 77%対23% グッデン

    3回戦
    ルース 53%対47% ウィリアムス
    ゲーリッグ 54%対46% ボンズ
    コーファックス 69%対31% ジョンソン
    ギブソン 60%対40% マルティネス

    準決勝
    ルース 52%対48% ゲーリッグ
    ギブソン 63%対37% コーファックス

    決勝
    ギブソン 55%対45% ルース

  • 「ミスター・タイガー」ケーラインが85歳で死去

    2020.4.7 11:00 Tuesday

     日本時間4月7日、タイガース一筋22年のキャリアで通算3007安打を放ち、1980年にアメリカ野球殿堂入りを果たした名外野手、アル・ケーラインが85歳で亡くなった。1955年に史上最年少の20歳で首位打者となり、オールスター・ゲーム選出18度、ゴールドグラブ賞10度の実績を誇るケーラインは、プロ16年目の1968年にワールドシリーズ制覇を経験。背番号「6」はタイガースの永久欠番となり、「ミスター・タイガー」として多くのファンに愛された。

     ケーラインは高校卒業後、マイナーを経由せずに18歳でメジャーデビュー。プロ3年目の1955年には両リーグ最多の200安打を放ち、.340の高打率で史上最年少での首位打者に輝いた。その後もコンスタントに数字を積み重ね、メジャー22年間で通算2834試合に出場して3007安打、打率.297、498二塁打、399本塁打、1582打点、137盗塁、OPS.855をマーク。出場試合数や本塁打数はタイ・カッブやハンク・グリーンバーグといった名選手を上回る球団史上最多の数字となっている。

     カッブはキャリア最後の2年をフィラデルフィア・アスレチックスで過ごしたが、ケーラインは22年間タイガース一筋。1977年から20年間タイガース一筋でプレイしたアラン・トラメルが登場するまで、20年以上のキャリアをタイガース一筋で過ごした選手はケーラインだけだった。ケーラインは1986年に「タイガース一筋のキャリアを過ごせたことを誇りに思っている。ガムの付録のカードの裏に1球団だけ書いてあるのは見栄えがいいよね」と話していた。

     現役引退後はテレビ解説者や特別顧問としてチームに携わり、タイガースの一員として過ごした期間はなんと67年にも及ぶ。先月もスプリング・トレーニングの施設に姿を見せ、現役選手のジェームス・マッキャンやジョーディ・マーサーなどはケーラインとのツーショットをSNSに投稿して「ミスター・タイガー」の死を悼んだ。

     ちなみに、通算3000安打以上でゴールドグラブ賞を10度以上受賞した選手は、メジャー史上でロベルト・クレメンテ、ウィリー・メイズ、イチロー、そしてケーラインのわずか4人だけである。

  • 古巣でキャリアを終えた名選手たち イチローも登場

    2020.4.6 14:30 Monday

     メジャーリーグの世界では、自身を育ててくれたチームをトレードやフリーエージェントで退団したあと、キャリア晩年に古巣へ復帰するスター選手が数多くいる。昨年の日本開幕シリーズをもって現役を引退したイチローや、そのイチローが憧れたケン・グリフィーJr.もその一例である。メジャーリーグ公式サイトでは、デービッド・アドラーとマット・ケリーの2人が「古巣に戻ってキャリアを終えたスター選手」を特集。そのなかにはもちろん、イチローの名前も登場している。

     今回の特集では「古巣でキャリアを終えた選手」のみが対象となっている。そのため、アスレチックスのリッキー・ヘンダーソンやカブスのグレッグ・マダックス、メッツのトム・シーバーなど、古巣復帰後に別のチームで現役を続行した選手は含まれていない。

     特集記事で真っ先に登場するのがイチローだ。2001年にMVPと新人王を同時受賞したイチローは、2010年まで10年連続でシーズン200安打、オールスター・ゲーム選出、ゴールドグラブ賞を継続し、両リーグ最多安打を記録すること7度。メジャー1年目の2001年と史上最多のシーズン262安打を記録した2004年には首位打者のタイトルも獲得し、2012年途中にヤンキースへトレードされるまで、マリナーズを代表するスター選手として活躍した。その後、マーリンズでメジャー通算3000安打を達成し、2018年にマリナーズへ復帰。2019年3月に東京ドームで行われたアスレチックスとの開幕シリーズ2連戦が最後の舞台となり、日本のファンからの大歓声を浴びながらキャリアを終えた。

     そのイチローの憧れの存在だったグリフィーJr.は、球史に残る美しいスイングで本塁打を量産し、マリナーズで過ごしたキャリア最初の11シーズンで4度の本塁打王を獲得。1997年にはMVPに選出された。2000年にレッズへ移籍し、ホワイトソックスを経て、2009年にマリナーズへ復帰。復帰初戦で本塁打を放ち、マリナーズでの通算400本塁打も達成した。翌2010年限りで現役を引退し、通算630本塁打は歴代7位の大記録となっている。

     通算7度のサイ・ヤング賞を誇るロジャー・クレメンスも古巣に戻ってキャリアを終えた。1999年から5シーズンにわたってヤンキースでプレイし、2001年に自身6度目のサイ・ヤング賞を受賞したクレメンスは、2004年からの3シーズンはアストロズでプレイ。2007年に44歳でヤンキースに復帰し、18試合(うち17先発)に登板して6勝6敗、防御率4.18を記録したが、これがメジャーでのラストイヤーとなった。

     記事中では、イチロー、グリフィーJr.、クレメンスを含めて10人のスター選手が紹介されており、この3人以外にはバリー・ジート(アスレチックス)、トム・グラビン(ブレーブス)、デニス・エカーズリー(レッドソックス)、ゲーリー・カーター(エクスポズ)、ドン・サットン(ドジャース)、レジー・ジャクソン(アスレチックス)、ミニー・ミニョソ(ホワイトソックス)が登場。このうち、ミニョソは1940年代から1980年代までプレイした「ファイブ・ディケード・プレイヤー」として知られている。

  • パドレスのキンブレル獲得から5年 トレードのその後は?

    2020.4.6 13:35 Monday

     日本時間4月6日、パドレスがブレーブスとのトレードでクレイグ・キンブレルとメルビン・アップトンJr.を獲得してから5年が経過した。当時メジャー最高クラスのクローザーだったキンブレルは、パドレスに加入した2015年、61試合に登板して4勝2敗39セーブ、防御率2.58、奪三振率13.20をマーク。しかし、パドレスは上位争いに加わることはできず、キンブレルは1年限りでパドレスを去ることになった。トレード成立から5年が経過したこのタイミングで、このトレードを振り返ってみよう。

     2014年シーズンに77勝85敗でナショナル・リーグ西部地区3位に終わったパドレスだが、同年8月にGMに就任したA.J.プレラーは、上位争いに加わることを目指して積極的な補強を展開。マット・ケンプ、ウィル・マイヤーズ、ジャスティン・アップトン、デレク・ノリス、ブランドン・マウアー、ウィル・ミドルブルックス、ブランドン・モロー、ジョシュ・ジョンソンなどを次々に獲得し、2015年2月には先発右腕のジェームス・シールズと4年7500万ドルの大型契約を結んだ。

     そして、その大型補強のラストピースとなったのがキンブレルだった。プレラーは、キャメロン・メイビン、マット・ウィスラーなど4選手と2015年ドラフト全体41位の指名権を放出してブレーブスからキンブレルとメルビン・アップトンJr.を獲得。この大型補強の過程でマックス・フリード、ヤスマニ・グランダル、トレイ・ターナーら有望株を手放すことになったが、チームの将来を犠牲にしてでも勝負に出ることを選択した。

     ところが、期待通りの働きを見せた選手はほとんどおらず、32勝33敗という低調なスタートを切ったところでバド・ブラック監督を解任。勝負モードから一転、再建に向けて舵を取り、翌2016年のトレード・デッドラインまでにケンプ、ジャスティン・アップトン、シールズ、キンブレルらが次々にチームを去った。これらの選手の対価としてローガン・アレン、マニュエル・マーゴ、フェルナンド・タティスJr.といった有望株を獲得しており、勝負モードへの転換が失敗に終わると即座にチームの立て直しに動いた点については一定の評価をされている。

     ちなみに、ブレーブスはこのトレードで得た2015年ドラフト全体41位の指名権でオースティン・ライリーを獲得。メジャー最初の34試合で12本塁打を放つ鮮烈なデビューを飾ったのは記憶に新しいところである。もしパドレスがこの指名権を保持してライリーを指名していれば、マニー・マチャドがパドレスに加わることはなかったかもしれない。

  • 各球団の最年少本塁打記録保持者 アップトンは兄弟で登場

    2020.4.6 11:50 Monday

     メジャーリーグ公式サイトのサラ・ラングスは、30球団の最年少本塁打記録保持者を紹介する特集記事を公開した。情報はエリアス・スポーツ・ビューローが提供するデータに基づいており、1900年以降が対象となっている。

     現役選手で球団別の最年少本塁打本塁打記録を保持しているのは、ブラディミール・ゲレーロJr.(ブルージェイズ)、ジュリクソン・プロファー(パドレス)、フアン・ソト(ナショナルズ)、ジャスティン・アップトン(エンゼルス)の4人。ゲレーロJr.は昨年5月14日(現地時間・以下同)に20歳59日、ソトは2018年5月21日にそれぞれメジャー初本塁打を放った。プロファーとアップトンは現在所属している球団の記録保持者ではなく、前者はレンジャーズ、後者はダイヤモンドバックスの記録保持者となっている。

     メジャー全体の最年少本塁打記録は、トミー・ブラウンによる17歳257日である。1927年生まれのブラウンは、1944年に16歳でメジャーデビューを果たし、翌1945年8月20日にメジャー初本塁打を放った。1951年の途中までドジャースでプレイしたブラウンはその後、フィリーズとカブスに在籍し、メジャー通算31本塁打を記録。1951年の10本塁打がキャリアハイだった。

     また、ダイヤモンドバックスの記録保持者であるアップトンの兄、メルビン・アップトンJr.も2004年8月17日に19歳362日でメジャー初本塁打を放ち、レイズの球団記録保持者となっている。メルビンは2002年ドラフト全体2位、ジャスティンは2005年ドラフト全体1位で指名されてプロ入りしており、「メジャー史上最高位でドラフト指名された兄弟」である。

     なお、球団別の最年少本塁打記録は以下の通り。ちなみに、アストロズの記録保持者であるラリー・ダーカーは投手であり、球団史上最年少本塁打を放った1965年8月3日の試合で先発して勝利投手となっている。

    オリオールズ:ウェイン・コージー(18歳173日/1955年6月17日)
    レッドソックス:ジェリー・モーゼス(18歳289日/1965年5月25日)
    ヤンキース:ボビー・マーサー(19歳117日/1965年9月14日)
    レイズ:メルビン・アップトンJr.(19歳362日/2004年8月17日)
    ブルージェイズ:ブラディミール・ゲレーロJr.(20歳59日/2019年5月14日)

    ホワイトソックス:キャス・マイケルズ(19歳101日/1945年6月13日)
    インディアンス:パット・シーレイ(20歳95日/1943年6月20日)
    タイガース:タイ・カッブ(18歳279日/1905年9月23日)
    ロイヤルズ:クリント・ハードル(20歳50日/1977年9月18日)
    ツインズ:ジャック・カルボ(18歳359日/1913年6月5日)

    アストロズ:ラリー・ダーカー(18歳315日/1965年8月3日)※投手
    エンゼルス:エド・カークパトリック(18歳280日/1963年7月15日)
    アスレチックス:ルー・マローン(18歳174日/1915年9月3日)
    マリナーズ:ケン・グリフィーJr.(19歳140日/1989年4月10日)
    レンジャーズ:ジュリクソン・プロファー(19歳195日/2012年9月2日)

    ブレーブス:ビル・サウスワース(18歳329日/1964年10月4日)
    マーリンズ:エドガー・レンテリア(19歳309日/1996年6月11日)
    メッツ:エド・クレインプール(18歳162日/1963年4月19日)
    フィリーズ:ジョニー・ラッシュ(18歳336日/1904年9月8日)
    ナショナルズ:フアン・ソト(19歳208日/2018年5月21日)

    カブス:ダニー・マーフィー(18歳21日/1960年9月13日)
    レッズ:ピート・シュナイダー(19歳29日/1914年9月18日)※投手
    ブリュワーズ:ロビン・ヨーント(18歳209日/1974年4月13日)
    パイレーツ:ボビー・デルグレコ(19歳63日/1952年6月9日)
    カージナルス:ディック・スコフィールド(18歳221日/1953年8月16日)

    ダイヤモンドバックス:ジャスティン・アップトン(19歳347日/2007年8月7日)
    ロッキーズ:ロベルト・メヒア(21歳100日/1993年7月23日)
    ドジャース:トミー・ブラウン(17歳257日/1945年8月20日)
    パドレス:ロベルト・アロマー(20歳85日/1988年4月30日)
    ジャイアンツ:メル・オット(18歳138日/1927年7月18日)

  • スト明けで144試合制の1995年 どんなシーズンだった?

    2020.4.5 15:15 Sunday

     メジャーリーグ公式サイトでは、新型コロナウイルスの感染拡大によってレギュラーシーズンの開幕が延期されている期間を利用して、過去を振り返る企画を次々に展開している。日本時間4月5日にはウィル・レイッチが、ストライキ明けで144試合制の短縮シーズンとして開催された1995年を特集する記事を公開。近鉄バファローズを退団して海を渡った野茂英雄(ドジャース)のデビューイヤーとなったこの年は、どんなシーズンだったのだろうか。

     労使交渉のもつれによって1994年のシーズンが8月に中止され、代替選手による強行開催の可能性も取り沙汰された1995年のシーズンだが、144試合に短縮する形で4月末に無事開幕を迎えた。しかし、ストライキの影響によるファン離れは深刻で、平均観客動員数は前年から1試合あたり6000人減となる25021人まで減少。しかし、野茂の鮮烈なデビュー、カル・リプケンJr.(オリオールズ)の連続試合出場メジャー記録更新、「打者天国」クアーズ・フィールドの開場など、明るいニュースも少なくなかった。ワイルドカードのチームがポストシーズンに初出場したのもこの年である。

     前年、地区首位を快走しながらもストライキによりポストシーズン進出を逃したエクスポズ(現ナショナルズ)は、財政難によりラリー・ウォーカー、マーキス・グリッソム、ジョン・ウェッテランド、ケン・ヒルといった主力選手を次々に放出。成績は前年の74勝40敗から66勝78敗へと悪化し、ワシントンD.C.へ移転してナショナルズと改名したあとの2012年までポストシーズンに出場できなかった。

     一方、エクスポズからウォーカーを獲得したロッキーズは、ダンテ・ビシェット、ビニー・カスティーヤらを中心とした打線が「打者天国」で猛威を振るい、球団創設3年目にしてワイルドカードでポストシーズンに進出。地区シリーズでブレーブスに敗れたものの、躍進の1年となった。

     エドガー・マルティネス、ティノ・マルティネス、ジェイ・ビューナー、ランディ・ジョンソンらが活躍したマリナーズは、エンゼルスとのタイブレーカーを制して地区優勝。地区シリーズ第5戦ではエドガー・マルティネスが「ザ・ダブル」として知られるサヨナラタイムリー二塁打を放ってヤンキースを破り、リーグ優勝決定シリーズに進出したが、現在に至るまでワールドシリーズ未経験となっている。

     インディアンスは主砲のアルバート・ベルが史上唯一となる50二塁打&50本塁打を達成する大活躍を見せ、ジム・トーメイ、エディ・マレー、マニー・ラミレス、カルロス・バイエガ、オマー・ビスケル、ケニー・ロフトンなど、打線にはスター選手がズラリ。守護神ホゼ・メサも46セーブ、防御率1.13をマークし、最速で地区優勝を決めてワールドシリーズまで進出したが、世界一にはなれなかった。

     そのインディアンスを破って世界一に輝いたのはブレーブス。グレッグ・マダックスを中心とした投手陣とライアン・クレスコらを擁する打線のバランスが良く、ナショナル・リーグ東部地区で2位に21ゲーム差をつける独走だった。ポストシーズンも順調に勝ち進み、ミルウォーキー時代の1957年以来となる世界一。しかし、1991年からの14季連続ポストシーズン進出という黄金期のなかで、世界一になったのはこの年だけだった。

     このほか、ヤンキースの大スター、ミッキー・マントルの死去、バスケットボール界の大スター、マイケル・ジョーダンがメジャーリーグ挑戦を断念してシカゴ・ブルズに復帰するなど、話題には事欠かなかった。1995年シーズンの結果と、レイッチが独自に選出した「オールMLBチーム」は以下の通りである。

    ◆1995年シーズンの結果
    ALDS:マリナーズ3勝vsヤンキース2勝/インディアンス3勝vsレッドソックス0勝
    NLDS:ブレーブス3勝vsロッキーズ1勝/レッズ3勝vsドジャース0勝
    ALCS:インディアンス4勝(リーグ優勝)vsマリナーズ2勝
    NLCS:ブレーブス4勝(リーグ優勝)vsレッズ0勝
    WS:ブレーブス4勝(世界一)vsインディアンス2勝
    MVP:モー・ボーン(レッドソックス)/バリー・ラーキン(レッズ)
    サイ・ヤング賞:ランディ・ジョンソン(マリナーズ)/グレッグ・マダックス(ブレーブス)
    新人王:マーティ・コルドバ(ツインズ)/野茂英雄(ドジャース)

    ◆オールMLBチーム
    捕手:マイク・ピアッツァ(ドジャース)
    一塁手:フランク・トーマス(ホワイトソックス)
    二塁手:チャック・ノブロック(ツインズ)
    三塁手:ジム・トーメイ(インディアンス)
    遊撃手:ジョン・バレンティン(レッドソックス)
    外野手:バリー・ボンズ(ジャイアンツ)
    外野手:アルバート・ベル(インディアンス)
    外野手:ティム・サーモン(エンゼルス)
    指名打者:エドガー・マルティネス(マリナーズ)
    先発投手:グレッグ・マダックス(ブレーブス)
    先発投手:ランディ・ジョンソン(マリナーズ)
    先発投手:野茂英雄(ドジャース)
    先発投手:マイク・ムシーナ(オリオールズ)
    救援投手:ホゼ・メサ(インディアンス)
    救援投手:トム・ヘンキー(カージナルス)

  • 名スカウト「私が見てきたなかでベストの投手はテイラー」

    2020.4.5 12:45 Sunday

     53年間にわたって数多くの選手を見てきた名スカウトのロン・リッジだが、ベストの選手を目にしてから30年近くが経過しているという。リッジは、誰がベストの選手だったかを尋ねられると迷わず「私が見てきたなかでベストの投手はブライエン・テイラーだった」と答える。しかし、リッジが「彼は野球の歴史のなかでも最も優れた投手の1人だった」と言うほどの逸材だったテイラーは、メジャーに昇格することができないままプロ野球選手としてのキャリアを終えている。

     ノースカロライナ州のイースト・カータレット高校に在籍していたテイラーは、身長190センチ、体重99キロという大型左腕だった。リッジは「ブリュワーズで働き始めたばかりのときに、最初に見に行ったのがブライエン・テイラーだった」と当時を振り返る。「彼は打者全員を三振に仕留めて完全試合を達成したんだ。最後の1球は98マイルだった」とリッジ。その衝撃はすさまじく、電話をかけてきたスカウト部長に「信じられません」と伝えたほどだった。

     選手の評価をする際に、アメリカでは一般的に20から80のあいだの点数が付けられる。スカウト部長からテイラーの点数を尋ねられたリッジは「72」と回答。リッジによると、53年間のスカウト生活において70以上の点数を付けた選手はテイラー以外に皆無だという。「ほかの選手の視察に訪れる際、テイラーの存在を脳内から消し去るのに数ヶ月もの時間が必要だった」と語るほどの衝撃だった。

     84イニングで200以上の三振を奪い、被安打18、与四球24という圧倒的なパフォーマンスを見せたテイラーは、1991年のドラフトで全体1位の指名権を持っていたヤンキースに指名され、当時の最高額となる155万ドルの契約金を手にしてプロ入りした。「ベースボール・アメリカ」誌のプロスペクト・ランキングでも1992年開幕前に全体1位という評価を受けたテイラーだが、この男がメジャーのマウンドに上がることはなかった。

     プロ1年目の1992年にA+級で27試合に先発して161回1/3を投げ、6勝8敗、防御率2.57、187奪三振をマークしたテイラーは、翌1993年もAA級で27試合に先発して163回を投げ、13勝7敗、防御率3.48、150奪三振と着実な成長を見せた。ところが、1993年オフにフィールド外でのトラブルによって左肩を負傷し、キャリアが暗転。1994年を全休したあと、1995年はルーキー級での11先発で防御率6.08に終わり、その後もA級以上の階級でプレイすることなく、インディアンス傘下のマイナーでプレイした2000年を最後にプロ野球選手としてのキャリアに幕を閉じた。

     それでもリッジは「彼がベストの投手だった」と断言する。野球の世界に「たられば」は禁物だが、もしテイラーが左肩を壊していなかったら、どんなキャリアを過ごしていたのだろうか。

  • バーランダー&アップトン夫妻が週給を慈善団体へ寄付

    2020.4.5 11:25 Sunday

     日本時間4月5日、アストロズのジャスティン・バーランダーは自身のインスタグラムを更新し、レギュラーシーズンの開幕が延期されているあいだも得られる週給を、新型コロナウイルスの救援活動を手助けするために様々な慈善団体へ寄付することを発表した。バーランダーは、スーパーモデルでもある妻のケイト・アップトンと相談し、困難に直面する世界を手助けするために寄付を行うことを決めた。

     バーランダーは「間違いなく、現在は世界中にとって極めて困難な時間だ。困っている人々がたくさんいる。病気との戦いの最前線にいる人もいれば、自宅にいることを強いられている人や職を失って食料や水といった生活必需品を必要としている人もいる。僕たちは給料を寄付することに決めた」とコメント。アップトンによると、バーランダー夫妻は毎週異なる団体に寄付をする予定であり、寄付先として選んだ団体の活動も紹介していくつもりだという。

     バーランダーはさらに「もう少し待っていてほしい。最初の給料をもらったらすぐに最初の寄付先の団体を発表する予定だ」と今後の方針について語り、「みなさん安全に過ごしてください」とファンへのメッセージを残した。

     メジャーリーグ機構とメジャーリーグ選手会は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により開幕が延期となっている2020年のレギュラーシーズンについて、今後の運営方法に関してすでに合意に達しており、そのなかには試合がない期間の選手のサラリーに関する項目も含まれている。バーランダーは1日あたり4775ドル、60日間トータルで28万6500ドルを受け取る予定であり、これを毎週寄付することになる。

     アストロズでは、バーランダー以外にも各選手が寄付などの社会貢献の動きを見せている。日本時間4月4日にはオールスター二塁手のホゼ・アルトゥーベと妻ニーナが球団の基金と協力し、子供に食事を提供している地元ヒューストンの慈善団体に6万食を寄付することを発表した。

  • 新人王受賞者によるベストナイン イチローも選出

    2020.4.4 13:00 Saturday

     メジャーリーグではこれまでにフランク・ロビンソン、ウィリー・メイズ、ジョニー・ベンチといった球史に残る名選手たちが新人王を受賞してきた。現役選手のなかでも、マイク・トラウト(エンゼルス)、アーロン・ジャッジ(ヤンキース)、コディ・ベリンジャー(ドジャース)、クレイグ・キンブレル(カブス)といったスター選手たちが新人王受賞者のリストに名を連ねている。日本時間4月4日、メジャーリーグ公式サイトのリチャード・ジャスティスは、これらの新人王受賞者のなかからベストナインを選出する特集記事を公開。2001年にアメリカン・リーグの新人王を受賞したイチローも「新人王ベストナイン」に選出された。

     今回の企画では、新人王を受賞した選手のそのシーズンの成績のみが選考対象となっている。新人王は1947年に制定され、黒人メジャーリーガー第1号となったジャッキー・ロビンソンが初代受賞者となり、1987年にはロビンソンの名前が冠せられるようになった(ジャッキー・ロビンソン賞)。したがって、今回の企画では1936年と1939年にそれぞれ大活躍を見せたジョー・ディマジオとテッド・ウィリアムスなど、新人王制定以前のルーキーは含まれていない。

     ジャスティスが選出したベストナインのなかで、賛否が大きく分かれるのは一塁手部門だろう。ジャスティスは、新人最多記録の53本塁打を放った2019年のピート・アロンゾや打率.329、37本塁打、130打点をマークした2001年のアルバート・プーホルスではなく、1947年のロビンソンを選出。純粋な個人成績ではアロンゾやプーホルスに及ばないものの、「彼のパフォーマンスは数字では測れない」とロビンソンの功績をたたえている。

     また、外野手部門では2012年のトラウトとともに、2001年のイチローと1975年のフレッド・リンが選出されている。新人王とMVPを同時受賞したのはメジャーリーグの長い歴史のなかでイチローとリンの2人だけであり、打率.326、30本塁打、49盗塁をマークしたトラウトも、ミゲル・カブレラが三冠王でなければMVPに選出されていたはずだ。MVPに値する活躍を見せた3人による極めて強力な外野トリオとなった。

     ジャスティスが選出した「新人王ベストナイン」の顔ぶれは以下の通り。

    捕手
    マイク・ピアッツァ(1993年・ドジャース)
    149試合 打率.318 35本塁打 112打点 3盗塁 OPS.932

    一塁手
    ジャッキー・ロビンソン(1947年・ドジャース)
    151試合 打率.297 12本塁打 48打点 29盗塁 OPS.810

    二塁手
    ダスティン・ペドロイア(2007年・レッドソックス)
    139試合 打率.317 8本塁打 50打点 7盗塁 OPS.823

    三塁手
    ディック・アレン(1964年・フィリーズ)
    162試合 打率.318 29本塁打 91打点 3盗塁 OPS.939

    遊撃手
    コリー・シーガー(2016年・ドジャース)
    157試合 打率.308 26本塁打 72打点 3盗塁 OPS.877

    外野手
    マイク・トラウト(2012年・エンゼルス)
    139試合 打率.326 30本塁打 83打点 49盗塁 OPS.963

    外野手
    イチロー(2001年・マリナーズ)
    157試合 打率.350 8本塁打 69打点 56盗塁 OPS.838

    外野手
    フレッド・リン(1975年・レッドソックス)
    145試合 打率.331 21本塁打 105打点 10盗塁 OPS.967

    指名打者
    ヨルダン・アルバレス(2019年・アストロズ)
    87試合 打率.313 27本塁打 78打点 0盗塁 OPS1.067

    先発投手
    マーク・フィドリッチ(1976年・タイガース)
    31試合 19勝9敗0セーブ 防御率2.34 250回1/3 97奪三振

    救援投手
    クレイグ・キンブレル(2011年・ブレーブス)
    79試合 4勝3敗46セーブ 防御率2.10 77回 127奪三振

« Previous PageNext Page »